車輪小説
□じこあい
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ご主人様の趣味はアンティークの収集でございます。良い品を手に入れる事が出来た日には、とても上機嫌でお帰りになられます。
そして、今日も。
「見てくれアンジェリカ!!」
満面の笑顔。
同じようにご主人様が手にするアンティーク達も輝いていてくだされば掃除の手間が省けるのですがね。
透明な小瓶に神祖の紋章。
またダルタニア様からいただいてきたのでしょうか?
「エキナシアの家に代々伝わる物らしいんだ。必要ないからって分けてくれたんだ」
嬉しそうに小瓶を振って中の液体をうっとりと眺めるご主人様。
あぁ、本日のアンティークは外側ではなく、その中身ですか? 本当に嬉しそうな顔をなさるのですね。
…別に、嫉妬などではありませんよ。
これから私が起こす行動に深い意味なんてありませんからね。
「ご主人様、早速『掃除』いたします」
「なっ! 何をするんだ!!」
手早くご主人様の手から小瓶を奪い取る。私の潔癖ぶりを知ってらっしゃるご主人様が慌てる様を横目に、私は愛用の布巾を取り出し小瓶を磨きます。特に紋章の辺りを重点的に。
こんな紋章がなければ価値も減りましょう。
「返すんだ、アンジェリカ!!」
「綺麗にしてからお返しいたします」
「それは十分綺麗だったろ? それはボクのだ、返せよ!!」
ご主人様が手を伸ばし、無理矢理私から奪おうとします。
そんな事で簡単に返す私ではありません。小瓶をしかと持ちます。
それを引っ張るご主人様。
紋章も消えかけた小瓶が二人の手から落ちるのはある意味当然でした。
パリン、と音を立てて割れた小瓶。
液体はやはり普通でないのか、私たちを頭の上から濡らすように大きくはね飛んできました。
「なんて事をするんだ!!」
ご主人様は責めるような目をして私の肩を掴み、前後に揺らします。少し、泣きそうです。そんな所もいいと思うのは私だけでしょうか。
「…ご主人様が手を離したからですね」
「違うよ! アンジェリカが…!!……」
淡々と告げた私に、ご主人様がいつものように子どもみたいな駄々をこねるのかと思いきや、急に研究者の顔になって私を見てきました。
何か、あったのでしょうか?
そういえば、この液体の効能は?
「アンジェリカ、何も変わってないよね?」
「はい」
正直に頷きます。すると、ご主人様の怒りの矛先は、私から別の人へと移りました。
「くっ…騙された! ちょっと文句言ってくる!!」
「いってらっしゃいませ」
入ってきて間もない扉を大きく開けて、再び外へと飛び出すご主人様。行き先はこの小瓶を分け与えた人物の居場所でしょう。
まあ、何もないのなら気にする必要はありませんね。
私が気にするべきなのは、この床に散らばったガラス片と液溜りです。
こうしていつものように掃除を始めました。
いつも通り。そう、本当に。
「お邪魔いたしますわね、アンジェリカ」
いきなり屋敷内に現れた彼女ですら、いつも通りの光景でした。