通りすがりのニンフ
□抑えきれない気持ちを込めて。
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喜多が来てから一日が終了した。なんだか一日でたくさんの事があってもの凄く疲れたせいかその日はとてもぐっすりと眠れた。
朝、寝ている私を起こしに来てくれたのは小十郎だった。
本当は喜多が来る予定だったのだが無理を言って小十郎が来たらしい。
「おはようございます」
いつも通りの小十郎の声で挨拶をしてくる。私にはそれが嬉しくて起きて小十郎に抱きついた。
そんな私を小十郎は「やれやれ」と微笑みながら抱え込み寝具から出させしばらくはなれたところで私を置いた。
着替えが終わり、朝餉も終わり、さて今日は何をするんだろうと思われたとき
なんと、小十郎は今日用事があって私の側を離れなければならないという事。
その言葉にショックを受けつつも仕方がないと自分に言い聞かせて小十郎を見送った。
今日も喜多とか。そう思ったが不思議と嫌だとは思うことは無かった。
喜多はなんだか好き??みたいだし。なんか、なんていうんだろう。私に対して敵意がないって言うのが分かるからっていうのかなんていうのか・・・。
なんて、考えているうちに喜多がひょっこり顔を出した。
「おはようございます梵天丸様」
そうして綺麗な笑顔を私に向けた。
「おはよう」
私は欠伸交じりに喜多に挨拶をした。
涙が出てきて目の前の喜多が歪んで見える。
「さて、梵天丸様今日の教育ですが」
と早速喜多から今日の話が持ち上がった。
もう、今日の話をするのかと内心嫌々な私。だが、顔には表さない。
「料理を作りましょう」
「は??」
料理??私が??料理をつくるの??
まさか、料理をつくるなんて思ってもいなかった私は驚いて喜多を見つめた。
「なんで料理を作らなくちゃいけないんだ??」
料理できないし、主となる人に料理を作らせるなんて普通じゃない・・・。
「この提案は輝宗様からの提案なんですよ??
主が自ら料理の大変さを知り、食べてもらえる喜びを知り、食材の命、大切さを学ぶためだそうです。」
あ、成る程。
私は納得した。父上の名前が出たからかもしれないけど、私は料理を作る事に反対しようなんて考えるのはやめた。
「それに、今日作った料理。小十郎に食べさせてあげたらきっと喜ばれますよ?」
「やる!!」
小十郎に私の作った料理を食べさせたら一体どんな反応をするんだろう。
そんな気持ちで私は即答した。
そして私と喜多は台所に立った。
初めての台所にキョロキョロと珍しそうに見る私に優しく物の名前やどういう風なときに使うのかを詳しく教えてくれた。
こっちにきてからはじめて包丁を扱う。前の世界では少しなら包丁を扱ったことがあるのだが・・・果たして上手く出来るだろうか??
まず、初めに行ったのは米を炊くというところから始まった。
冬には冷たい水が手を突き刺さるような痛みを生む。
「梵天丸様冷たいですか?」
喜多が私の様子を見ながら優しい声で言った。
「冷たい・・。」
私は眉間に皺を寄せながら答えた。
冷たくて痛くてもうやめてしまいたかった。
「女中の皆は梵天丸様達の為に毎日こうして頑張っているのです。」
そうしたように、喜多は私が何かするごとにそう言った。
そして、こうしてご飯を作ってくれる皆に感謝するようにと説いた。
私はあらためて、もしかしたら初めてかもしれない、女中さん達を尊敬し、感謝した。
こんな風に頑張って、そう思うと私は心が苦しくなった。
次いで私は汁物を作った。具は大根と人参、味付けは醤油とシンプルなものだ。
初めてなのだから飾らなく失敗せず美味しい方法。
包丁を使うとき喜多は私に包丁の使い方が上手いと褒めた。
私は素直に嬉しかった、包丁が上手いというのは、前の世界で使った事があるからだろうと思うが、包丁の使い方を褒められたのは初めてだったので嬉しかった。
牛蒡の煮物焼き魚を作って喜多の料理指導は終わった。
気が付いたら時間がもう夕暮れ時になっていた。
喜多に教わりながら作っていたとは言えこれは時間がかかりすぎだ。
それに、作った料理も失敗続きだったのであまりおいしそうには見えない。
汁物は冷め、ご飯は水の分量を間違えべちゃべちゃ。
魚は焼きすぎ、牛蒡の煮物は牛蒡の形がまちまち・・・。
私は自分の作った料理を見て方を落とした。
そんな私を見て喜多が「よく出来ましたね梵天丸様。初めてにしては上出来です。」
と言ってくれたがお世辞だというのは分かっている。
しかも、これを小十郎にあげるなんて・・・。ということで気持ちが沈んでいた。
喜多に、「小十郎にあげたくない」と言っても、喜多は許してくれないし。
なんでも、食べてもらええる喜びを知ってもらうために小十郎に食べてもらうのが必要らしい。
まぁ、食べさせる事が最後の課題だ。
だったら、喜多が食べればいいと言えば、私では駄目だと返される。
小十郎の今日の予定は終わって今は自室で休んでいるという事だった。
勿論小十郎は私が料理を作っただなんて知らない。
私は喜多に連れられとぼとぼと廊下を歩いて小十郎の部屋を目指した。
小十郎の部屋に着くなり、喜多はさっさと
障子を開け部屋に入るように私に言った。
心の準備が出来ていない私は嫌だというが手には料理を持っているためあまり暴れる事は出来ず小十郎の部屋に無理やりと言う形で喜多に入れられた。
部屋に入ってきた私に驚く小十郎は、私と、私の手に持っている料理と交互に見合わせた。
小十郎は今の状況が分からないらしい・・。
仕方なく腹をくくり私は小十郎に私の作った料理を差し出した。
「ぼ、梵天丸様!?」
いきなり差し出された料理に困惑しつつ小十郎は私の名前を呼んだ。
「俺が作った。食え。」
それだけ言うと、私は恥ずかしくて顔を俯かせた。
こんなへたくそな料理を作ったなんて思われたくなった。
どうせだったら、前の世界でもっと頑張って料理を作ればよかったと後悔してももう遅い。
「梵天丸様が!?」
驚きのあまり小十郎の声がひっくり返る。
小十郎は喜多を見て、何がなんだかわからないという顔をした。
そんな小十郎に喜多は「小十郎、早くお食べなさい」と厳しいお言葉で言う。
肩を縮めつつ、小十郎は私を見た。
「これは、真に梵天丸様が作られたものですか?」
私の顔を覗き込むようにしながら言う小十郎はなんだか信じられないといった顔だった。
「そうだ・・。」
私は恥ずかしくて小十郎をまともに見れないためそっぽを向きながら答えた。
暫くそのままにしていると、小十郎が箸を取ってご飯を食べている音が聞こえた。
これほどの羞恥はない。私は喜多を見たが喜多は小十郎を見なさい。とでも言うように手をすっと小十郎を指す。
私はまた、小十郎のほうを向いた。
そして、小さくはぁと溜息をつくといきなり小十郎に「梵天丸様」と名前を呼ばれびくりと肩を振わせた。
恐る恐る小十郎を見ると小十郎は優しい顔で「美味しいですよ」と一言言った。
その瞬間私はなんだかくすぐったい様ななんとも言えない感情に襲われた。
その一言が聞きたかったのかもしれない。と私は思った。
そうか、喜多が言っていた誰かに食べてもらえる喜びとはこの事かもしれない。
私は「本当か!?」と聞きなおした。
小十郎は「本当でございますよ。今まで食べてきた料理で一番美味しいです。」とはっきり言った。
これこそお世辞だというのは分かった。
だって、そんな冷め切った汁物や、焼きすぎた焼き魚を食べて美味しいなんていうのは
味オンチか馬鹿しか考えられない。それでも、小十郎は本当に美味しいそうに食べてくれた。
私はもう、嬉しくて嬉しくて、行き場の無い喜びをどうしようかと。
全て食べきった小十郎は、私を見ながら「ありがとうございました」そう言って頭を下げた。
本当はありがとうと言いたいのはこっちなのに、頭を下げたいのは私の方なのに。
だから、私は抑えきれない気持ちとそういった気持ちをあらわす様に私も小十郎に「ありがとう」の一言を言って頭を下げた。
驚いたのは小十郎だけではなく喜多もだ。
主に頭を下げさせるなど!!と二人は言っていたが私は自分からそうしたかったのだと言うと二人は複雑な、しかし、嬉しそうな顔をした。
そして、その日から私は料理を作ろうと心に決めた。
いつか、本当に美味しい料理を作れるまで、小十郎のあの嬉しそうな顔を見たいため。
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