通りすがりのニンフ
□鬼の素顔。
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私達は長曾我部家に一週間お世話になることになった。
昨日弥三郎の心が開け心から良かったと思った。今日も私は弥三郎の部屋に向かう。
襖の前に立ち、「弥三郎、俺だ」と言えば、がらりと襖が開き満面の笑みを浮かべた弥三郎本人が出迎えてくれた。
紫色の着物を何とも上手く着こなしている。
「政宗!」
そう言って弥三郎は俺に抱き着いてきた。俺はそんな弥三郎の頭を撫でてやる。
なんだか、私のほうが年下なのに。とか、一人思って、くすりと笑う。
弥三郎に手を引かれ私は弥三郎の前ではなく隣に座らされた。
そして、私の腕に自分の腕を巻きつけ甘えるように私の名前を呼んだ。
今まで甘えられたかった分、私に甘えているのだろう。私は五日後ここを出る。それまで弥三郎に好きな事をさせようと思った。
話はなんとも普通の話をした。
たとえば、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな事、嫌いな事、そんなものだ。
それと、私と居るときは弥三郎は左目の包帯を取った。私が弥三郎の瞳が見たいといったからだ。
弥三郎はすぐに嬉しそうに包帯を取ってくれた。
私には左目を見せられるのだが、やはり他の人には拒絶されるのではないのかという不安からどうしても取れないらしい。
「無理に取ろうとしなくていい、弥三郎は自分の好きにすればいい。」そう言えば弥三郎は、「私、左目を外す時は政宗しか居ないときだけにする」と言ってまた笑顔を見せた。
その時、弥三郎が私の右目に視線を向けた。
「政宗の右目はどうしたの?」
心配そうな表情を見せながら弥三郎は言った。私は、「ああ」と言いながら自分の右目に手をやった。
「病でちょっとな」
弥三郎を心配させまいと笑顔で話す。
弥三郎は、私の右目が気になるのかじっと見ていた。
「気になるのか?」と、言えば、弥三郎は「う・・・うん」と申し訳なさそうに頷きながら言った。
「これはな、五歳の時にかかった病でな、右目を失ったんだ。」
自分の右目を指差しながら私は言う。
弥三郎は「右目が、無い??」ときょとんとした顔で聞いてきた。
「ああ、無いんだ」私は言った。
「空っぽなの?」弥三郎はまた、心配そうな表情で言った。
「ああ」
「痛くない?」弥三郎の表情がだんだん暗いものになってくる。
「ああ」
私がそう返答して時には弥三郎は顔を俯き、「ごめんなさい」と言った。
どうやら、触れてしまってはいけない所に触れてしまったと思っているらしい。
だが、私は大丈夫だ。右目が無いなんてそんなこと気にしてないし、何とも思っていない。
眉をひそめ、自分の手を見つめる弥三郎に私は「だけどな」と言って話した。
「私の右目はここに無いが、ちゃんと右目は居るんだ」
弥三郎の肩に手を置いて私は言った。
「右目が居る??」
「そうだ、俺の右目なんだ。今は奥州で俺の代わりに城に残っているけどな」
「右目が俺から離れて城に居るなんて可笑しい話だろ?」そう言って私は笑った。
弥三郎はよく話が分からないらしく、頭の上に「?」を乗せている。
「右目・・・って人なの??」
恐る恐ると聞く弥三郎に私は「そうだ」と言って弥三郎の頭を撫でた。
「人が右目なの??」
「ああ、名前は“片倉小十郎”って言うんだ」
「片倉小十郎さん??」
「そうだ。俺の大事な右目」
そう言うと小十郎の姿を瞼の裏に思い出し、思わず顔を緩めた。そんな私を見て弥三郎が「政宗は片倉さんが好きなんだね。」と言ってふふふっと笑った。
「っ!?」
「隠さなくてもいいわよ、政宗の表情を見れば分かるもの」
と、弥三郎は何とも楽しそうな笑みを浮かべた。
そして、また私が何か言う前に「あーあ、私嫉妬しちゃうな」と言って上目使いで私を見てきた。今度は先ほどと違って口元に意地悪な笑みを浮かべて。
「いや、弥三郎!それはっ」
何か言おうとするのだが上手く言葉が出てこない。
いや、待てよ、弥三郎はきっと普通に友達とかそういう関係の好きを言っているに違いない。
「大丈夫よ、男と男でも愛し合えるわ」
違った。
私は体中から冷や汗が止まらなかった。
何故だろう、自分で好きだというのは分かっているのに、人に改めて言われるとものすごく恥ずかしい。
それに、私が小十郎を好きだなんて、何かあってばれたら・・・私、生きていけない・・・。
「弥三郎、だから、俺は、普通に、家臣として・・・・・。」
わたわたと手を動かして話す私を弥三郎が止めた。
「恥ずかしがらなくていいのよ、人が人を好きになるのは当たり前のことだもの!」
「・・・・いや、あの・・・。」
今度は冷や汗ではなく顔に体中の熱が集まるような気がした。
「私も政宗の事が好きなのに、失恋しちゃった」
そう言って笑いながら話す弥三郎は、昨日まであんなにおどおどしていたのに!と驚くほど普通で、年上の振る舞いをしていた。
さっきまでの甘えた可愛い弥三郎はどこへ??
「弥三郎、お前一日で変わったか・・・?」
思わず聞くと弥三郎は「今まではこんな風に振舞えなかっただけでこれが本当の私よ?」
と言って白い歯を見せた。
ああ、成るほど。そう言う事なのね。
私は軽く脱力した。
姫若子強し。
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