通りすがりのニンフ

□その人はなんとも嬉しい事を言ってくれた。
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部屋に入ると小十郎が居た。正座をしていつもとは違う顔つきで私を見ていた。
私はいつもと違う小十郎が少し怖かったけど無視して小十郎の前に座った。
喜多は小十郎の隣に座る。そんな喜多に嫉妬して私は喜多を睨んだ。
私が睨んだということに気が付いていても喜多は気にする風でもなく私を見た。

「梵天丸様今日から宜しくお願いします」

そう言って頭を下げる喜多。

「今日から学問は喜多に任せ、武術を私が受け持つ事になりました。
これからは梵天丸様を立派に育て上げる事を誓います」

続けてそう言った小十郎も頭を下げた。

なんだか他人行儀な小十郎の行動に悲しくなった。

「頭を上げろ二人共」

「はい」と言って頭を上げた二人に私は言った。

「これは誰が決めた事だ」

私の質問に対して小十郎が「輝宗様です」と一言。

「そうか、父上か」

一体何故父上は喜多を私の教育係にしたんだろう。私が女が苦手だというのに。
こうして喜多が目の前に居るだけでも吐き気と動悸が止まらない。女は嫌だ。

「ならばこれから父上と話し合いやめてもらう」

「!?」
「梵天丸様!?」

驚く二人に私は言った

「俺はよく知らない奴は近くに寄りたくないんだ、信用できないからな。
決めたのがたとえ父上でも俺は、自分で決めた奴しか側に置かない。女ならなおさらだ」

嘲笑うように私は言う。私の言葉を我儘ととらえるか納得するか。どちらか?
たとえ我儘と捉えられても私は構わない。だってこれは私の我儘だから。

「そうですね」

先に口を開いたのは喜多の方だった。

「梵天丸様の仰っている事は正しいです。それではまず、私がどのような人物かを知ることから始まりますね。
それにはお話をするなり、ともに行動するなりしなければ分かりませんね。」

「はぁ!?」私はそう言いたくなった。喜多を遠ざけようとしたが、喜多は私の言葉をうまく使い逆に利用してきた。
私は眉間に皺を寄せ唇をぎりぎりと噛んだ。

「それではまず何を致しましょう。
本でも読みますか?散歩にでも行きましょうか・・・。最近寒くなってきたので温かい格好をして。」

やばい。このままでは喜多は私と一緒に居ることになってしまう。
私はどうにかして喜多を私から遠ざける方法を考える。
それにしても、今日は小十郎の口数が少ないような気がするけど・・・。


「小十郎。」

「はい、なんですか梵天丸様」

答える小十郎はどこか様子が違う。一体なんだというのだ。

「いや、なんでもない・・・。」

そう言うなり私は喜多と向かい合った。

「俺はお前が嫌いだ」

きっぱりとそう言った。普通ここまで言われたら傷つくものだろう。
しかし、喜多は何食わぬ顔で「そうでございますか、それは悲しいですね」と返した。全然悲しくなさそうな顔で。そんな顔にも苛々する。

ああ、喜多と話していると調子が狂う。

「俺は嫌いな奴は行動を共にしない事にしているんだ、父上には俺から言っておく、教育係なんてやめろ」


「梵天丸様」

怒鳴る。とまではいかないが声を張り上げ、少し怒った口調の小十郎。
この時、初めて小十郎から話しかけて来た。
小十郎の声はいつもよりも低く、どこかピリピリとした空気を纏っていた。

「我儘はいけません、一度輝宗様が決めたこと覆すのは出来ませぬ。
喜多を教育係として迎え入れなされよ」

と、厳しい顔でそう言って小十郎は私を見た。小十郎の顔には笑顔が無い。いつもの小十郎が居ない。

「・・・・・・。」

ショックだった。悲しかった。小十郎が喜多を庇ったみたいで。私の知らない小十郎みたいで。

自然と目頭が熱くなってきて泣きそうになった。私は涙が零れる前にバッと立ち上がり二人の前から逃げた。
いきなり走り、部屋から出て行った私に驚いたのが空気でわかった。
私は無我夢中で走った。人気の無い廊下を走り誰も居ないようなところへと向かった。それがどこなのかも知らないで。

私はある一つの部屋に隠れて泣いた。
誰も来ないような部屋。そこで、声を押し殺して泣いた。
「嫌だ」「嫌だ」と言って泣いた。
嫌だ、というのは喜多に対してと小十郎の他人行儀な感じに対してだ。
何かが変わっていくような気がした。それに対してもだ。全てを否定したかった。

どのくらいの時間が経ったのだろう。涙は枯れてしまってもう涙も出ない。
泣きすぎてボーっとする頭。頭痛が止まらない。目も泣きすぎてヒリヒリする。けど、そんな事どうでもよかった。
このまま誰にも見つけられずに消えてしまいたかった。

そんな時だった。部屋の戸がガタガタと音をたてて開いた。
私は動こうとはしなかった。ただ、その開けている人物を見た。
私の目の前に来たのは喜多だった。
小十郎じゃなくって悲しくなった。小十郎にとって私はどうでもいい存在になってしまったのかと。
なんで、喜多が私を見つけたんだと怒鳴りたかった。

「梵天丸様」

喜多は私に笑顔で言った。

「部屋に戻りましょうか」

ふいっと私は顔を背けた。
そんな私の手をとった喜多だが、私はその喜多の手を振り解いた。

「小十郎も心配していますよ」

ぴくり、「小十郎」という言葉に反応した私。

「嘘だ」

「そんな事ありません小十郎は心配していましたよ」

「嘘だ」

首を振り喜多の言葉を否定する私に喜多は微笑んだ。


「大丈夫ですよ、喜多は梵天丸様から小十郎をとったりしませんから。」

「・・・・。」

「小十郎とはいつも通り会えますし、ただ私が一人部屋に増えたものとして考えてもらって構いません」

「・・・・・。」

「梵天丸様はほんとうに小十郎がお好きなのですね」


そう言う喜多はなんとも楽しそうな顔をしていた。
喜多のその言葉に安心したと同時に、恥ずかしくなってきて私は顔を隠した。
これでは私が小十郎のことが好きだということがわかってしまうじゃないか。
だが、喜多はどちらの意味でとらえたのだろう。普通の好きか、恋愛の好きか。

「こんなに梵天丸様に想っていただけて小十郎が羨ましいです」

「さぁ行きましょうか」そう言った喜多は再び私の手をとった。
私は、今度は振りほどかず喜多の言うとおり立ち上がり部屋へと向かった。

部屋に行く途中喜多は言った。

「不思議なものですね、小十郎が梵天丸様に惹かれるように、私も梵天丸様に惹かれます。

梵天丸様も気付いていたでしょうに今日は小十郎の機嫌が悪いです。
何故だか分かりますか?

小十郎は私に嫉妬してるんですよ。梵天丸様の教育係となった私を。」








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