狐花は恋をする

□竹薮と派手な身なりの女。
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(政宗視点)


俺は深く溜息をついた。
それと同時に口に含んでいた煙管の煙が一緒に吐き出された。
煙管を持っていない方の手で髪をぐしゃりと掻き揚げガリガリと頭を掻いた。


こうも苛々しているのはきちんとした理由があった。
俺はある女を正室として迎えた。だいぶ前だがな。
名は・・・たしか愛といったな。
顔は数回見たことがあるかないか。
今だって記憶はおぼろげだ。そんな奴を正室として迎える?

しかしこれはしょうがない事だ。伊達家の為。俺はそう言われて丸められてしまった。
女の名を借りて伊達の名を広めようなんて最悪だ。だが、とめる事の出来なかった俺も最悪だ。


ちなみに愛にはだいぶ会っていない。もちろん今日もだ。
小十郎に会いに行け。などと言われたがどうしても会う気にはなれない。


だが、愛には普通に振舞うつもりだ。いや、振舞っているつもりだ。嫌な顔していないはず。
たしかに嫌だが、もうしょうがない事、それに愛だって俺のところに好きで嫁いでるわけではないだろう。
しょうがなく。そう考えると不憫じゃないか。


会いに行くか


もう一度煙管を口につけると決心がついたように重たい腰を上げた。


凛の部屋はそう遠くないところにある。
俺は少し乱れた着物を直しつつ愛の部屋へと向かった


部屋に着き襖を開けると、中に居た愛と女中は驚いたような顔をした。


「よぉ」


俺は笑顔を向けた。


「ま、政宗様・・!も、申し訳ありませぬこのような格好で政宗様に会うなど」


そう慌てたように愛は着物を整え始めた。
凛はこのような格好とは言っているが決して変な格好ではない。
久しぶりに見た愛の顔は前よりは顔色が良くなかったが明るい顔は前のままだ。


「そんな慌てんなよ。
まぁ、いきなり来た俺も悪かったな」



「そんな!政宗様は悪くなどありません!」


そう顔を赤らめ必死に俺の言葉を弁解している凛。
愛はいい嫁だ。それは認める。
顔もよければ器量もいい。さらに性格もいいので皆凛が好きだ。こんな女珍しい。
皆から好かれる女などそう簡単にはいないものだ。


愛のみせる笑顔は太陽のように眩しい。
俺にはその愛の笑顔が眩しすぎる。


いい嫁だが、俺に合わない。
それが俺の感想だ。


凛はまだ子供っぽさが抜けていない。それにまだ穢れを知らない。
きっとそのうち俺と考えがずれていくぞ。



「ところで政宗様・・なにか用事があってこちらに来たのでは」


愛がモジモジと体を動かし顔を赤らめ答えた。


「いや、別に用事はねぇ・・・。ただ顔を見に来ただけだ」


俺がそう言えば、愛は嬉しそうに眩しい笑顔を俺に向けるのだ。


俺は悲しくなった。
何故か愛と居ると、俺がまるでとても惨めみたいに思えてくるからだ。


俺はとりあえず笑っていた。
愛は俺の考えなんかわからないだろう。何の疑問も持たずにただ嬉しそうに俺に笑顔を向けるのだ。

ここに居る誰もが俺の気持ちなんてわからないだろう。


俺は、それだけでその場を後にした。
なんと短い時間だっただろう。しかし、これで十分。


俺は外を見た。空が青々として気持ちがいい。
もうすぐ夏か・・・・。


夏は辛いな。と呟きながら外へと向かった。


行く途中。畑仕事の帰りの小十郎に会った。
俺が愛に会ったと小十郎に伝えると小十郎は安心したような顔つきになった。


その小十郎の顔を見ながらおれは小十郎の隣を通り過ぎた。

小十郎が「どこへ行かれるのですか政宗様!」と言って来たのが
特にいく場所を考えていなかった俺は答えるのに少し時間がかかった。

とりあえず小十郎にはその辺。と適当に答えた。


馬を走らせ向かった先は、昔よく一人出来ていた竹薮だ。
馬を走らせて行くほどの距離ではなかったのだが出来るだけ早く行きたかったのでまぁいいだろう。


俺は青々とした竹の前に立った。
そして、しばしの間その竹の青さに見とれていた俺だが
今俺は何をするわけでもなくぼおっと竹を見ている自分の姿を想像したら笑えてきた


俺は昔子供ながらに隠れ家と称していた小屋へと向かった。


暫く竹を見ながら足を進めていたが小屋が見える頃になって俺は人の気配を感じた


誰かに見られている。


戦場で鍛えられたこの人の視線を感じ取る事はもう戦場意外にでも勝手に自分の体が反応するまでになっている


俺は苦笑しながらその視線の先へと足を運んだ
相手は普通の平民か?

視線から殺気を感じない。
ただ、俺を見ているだけ。といった感じだ。


特に何もする事がなかった俺にとってはいい暇つぶしになるだろう。
この視線の奴を捕まえて今の人々の話でも聞こう

なんて、考えてた。


ふっ


いきなり視線が感じられなくなった。
俺が近づいてきたから慌てて逃げたか、隠れたか。


俺は足を速めた。
その気持ちは鬼ごっこの鬼役のような捕まえる時の独特な感情

俺は小屋に着いた。

そして小屋の裏の道には俺のそう遠くないところを歩いている女の後姿がある。
多分あの後姿の人物こそ俺を見ていた人物なのだろう。

歩きづらいのか時折竹につかまって体勢を立て直している


いや、それよりもその女の身なりが気になった。
あんな綺麗な着物ははじめて見た。それにあの簪や櫛だってなんてはじめて見る細かいつくり


そして何より驚いたのが女の雰囲気。
なんともいえない、戦場を駆け抜けた俺だからこそわかるものがそこにある

この女は何か違う


俺は気付かれないように女に近づこうとした、が。
慌てていたせいか足元の木の板に気がつかなかった。木の板は俺の脚に当たって、がたん。という思ったよりも大きな音を立てた。


shit!!


俺は舌打ちをして顔を女の方に向けた。
女は驚いて後ろを振り返った


その瞬間。俺の時は止まった

俺は女に見惚れた。寂しそうだが楽しそうな顔。


綺麗な瞳をしていた。


女は驚いた表情をしたまま動こうとしなかった。
俺は動こうとしなかったのではなく動けなかった。
女があまりにも綺麗過ぎて・・・。

立ち振る舞いから高貴さが感じられる。
そこいらの女じゃないのは一目で見てわかるが・・・。

それにしても、なんていう雰囲気を纏った女だ。
女の瞳を見れば俺は視線を逸らしたくなった。自分から合わせておいて。

こんな女は初めてだ。


なんて言えばいいんだ。
例えるなら・・・・そう、月の様な。儚く朧げで消えてしまいそうな美しさ。
手に取れば砕けてしまうのではないのだろうか?



名前が知りたい。
どこに住んでいるのかが知りたい。



俺は次から次へと女に対する欲望が膨れ上がった。
そして、やっとの思いで発した言葉だったが空しくも
俺が言葉を発する事によって女は俺に背をむいて走り出した。

俺は必死になって追いかけた。
そしてあと少しで触れられる。そう思った時女は姿を消していた。


驚いて辺りを見渡すが隠れるようなところはどこにも無い。
本当に消えてしまった。


俺は行き場のなくなったこの感情をどこにぶつけたらいいのかわからず
近くにあった竹を蹴飛ばした


「まるで狐に化かされたみてぇだ」


乾いた笑いの中、そう呟いた言葉は誰に聞かれる事なく竹薮の中に吸い込まれるように消えた











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