赤紅の傷痕
□一
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江陵の占拠に成功した曹操は、束の間の休息に骨を休めた。
結局、劉備を生け捕りにすることには失敗したが、多すぎる民とふたりの娘は捕虜として手中に収められた。
劉備たちは、夏口のほうへと逃れたようだ。
城の各所では篝火を燃やし、火は赤々と天へ昇らんとする。空には満ちた月が満天と誇って存ずる。空気はよく冷え澄み切り、風が吹こうものならば、身を突き刺すほど鋭利に凍えさせる。
城内の草木は枯れたものが少なく、年中を通して、緑の色をつけている葉が多かった。
常緑に囲われるようにした隠れの四阿から、静かな夜にふさわしい哀切極まった音曲が、ゆっくりと囁いている。半ば放心したまなざしで、夏侯惇はたったひとり、動く左手で琴線を弾いていた。音が波紋をつくり、寒気を揺らす。ひとつの影はぴくりとも動かず、脆弱に光を受け陰影を浴びた。
夏侯惇のいる四阿は、篝火の明かりではなく、月光の恵みを受けている。
目覚めたときは、江陵の城で、身を横たえられていた。右腕はしっかりと固定されていたが、肘からしたが、ついているという感覚が無いに等しかった。寝台の傍らには、雀がいた。腕は背に回され手枷が嵌められていた。なにをしでかしたのかと思ったが、そういえば打ちのめされたのだったなと他人事のように思い出す。
そそがれる視線に気づいたらしく、自分でやったんだ、と言うそれに対して、そうか、と返しただけだった。
瞳を閉じて、開いたときに雀は居なかった。一瞬の黒を感じたが、刻は長くすぎて、空気の色を如実に変えている。
なにを思ったか、箏を持ち出し今に至る。起きるなとは言われていない。
雲が月の帳を隠す。すると、声がした。
「夏侯惇」
青白い肌。後ろ手になっていたはずの手は、前で交差されており、毛布が握られている。
「傷に障ります」
器用に、やさしく肩にかける。そして、夏侯惇の足元に屈んだ。雀なりの罪の意識だろうか。しっかりと見上げてくる。茶色の瞳。
「部屋に戻ろうよ」
箏を奏でつづける。
「いやだ。しばらく、こうしていたい」
「なら、もっと暖かい場所で」
「ほっといてくれ」
「……………怒ってるの?」
小犬のように、足にすがってきた。
「私が?理由がない」
「たくさんあるじゃない。俺は夏侯惇を傷つけた。理も傷つけた。これ以上、怒られる、いいや、ちがう。憎まれる理由はない。ごめん、ごめん、おねがいだから、憎まないで」
涙をため必死に請う雀の肩に、夏侯惇は触れた。怒りなど、なかった。生きているのだから、もういいではないか。憎しみもない。
「憎悪があれば、すでにおまえは私の手で打たれている」
雀の口は歪み、堰を切ったように泣き始めた。寂然の空間で、涙で息も詰まってしまうほどの嗚咽が響く。夏侯惇の手が、頭を撫でる。ああ。絹糸らしい髪がさらさらと流れる。