赤紅の傷痕
□一
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この間、自分がどんな表情をしているのかは分からない。自分が分かることはふたつある。ひとつは、唇を噛み、歯を喰いしばっている。ひとつは、目を瞑っている。けたたましく騒ぐ娘を腕に抱き、はるかな気の遠くなる時を、ひたすらにじっとしている。声はかけない。理嬢。落ち着いてみせろ。
明雪は膳を持った状態で、棒のように立っていた。夏侯惇の背を、淡々と見つめている。なにを考えているか、思っているかも知らぬ。ただ、じっといている。
食事が冷めかけたころ、徐々に落ち着きを見せ、ようやく静かになった。
口に当てた手を離し、向きを合わせる。ぼうとして、虚空を眼が泳ぐ。まるで、夏侯惇も明雪もこの場に居ないように。理嬢、と声をかけると反応を示した。
「かこうとんさま……………」
「昼食の時間だ」
「ちょうしょく……………」
夏侯惇の言葉の意味も、理解していないようだ。
「明雪」
「かしこまりました」
「めいせつさん……………」
「おはようございます。理嬢さま」
明雪と入れ替わる。理嬢の背に枕をあてがってやり、上半身を楽なように安定させる。明雪が、さじで食事を理嬢の口へ運ぶ。規則的な食事はこうして進む。粥と、野菜を塩で炒めたものが昼食の内容だった。昼食のみならず食事はいつも質素なものだった。もっと栄養がある肉や魚が使われていないのは、理嬢が口にできなくなっていたためだ。においがあるだけでも、拒絶を示す。ろくに胃のなかに入っていないのにもかかわらず、吐き出してしまう。
だれが見ても、痩せた。表情も乏しい。
毎回の食事を作るのは明雪だが、あれこれと工夫をしているのはたしかだ。夏侯惇でも、その努力をうかがえることができた。
「お口にあいますか?」
「うん、おいしい」
こういうとき、明雪はひどく嬉しそうに微笑む。冷たさが溶けて、暖になる。食事の光景を見守りながら、ひとくちでも多く腹に収めてくれればいいと思った。
粥が口のすみからはみだしたまま、理嬢は雲が流れるくらいゆっくり咀嚼をした。明雪が裾で拭ってやる。
「おかゆが、ちがうね」
「気づかれましたか?といた卵と混ぜてみたのですよ」
「へえ……………」
「お気に召しましたか?」
「うん」
かすかな生気をたたえた眼が、多く量を残す卵粥を映す。大きな進展だった。
「もっと召し上がれ」
「ううん……………もういいの。おなかいっぱい」
「あらあ、ではもうひとくち」
「わたしね、ほんとうにおなかいっぱいなの。だからね、めいせつさんのごはんがきらいなわけじゃないの」
咲きかけていた花が、あえなくしぼんでしまった。明雪は粥の椀をさげ、野菜の皿を理嬢の前に差し出した。あっさりと、塩だけで味付けしている。
「お野菜の炒めたものはいかがです?」