赤紅の傷痕

□三
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風を斬るとまでは言えないが、風のなかを押し進んだ。

屋敷の敷地内に、的をいくつも並ばせている。前を馬を走らせる。騎乗したままで、姜維は矢を射る。

「この下手くそがっ」

二十ある的で、真ん中に当たったものがない。やっとのことで当たったものは三つ。残りはすべて外れた。荒々しく声を張った曹丕のもとに、姜維が馬を引いて足早に戻ってくる。

「申し訳ありません、子桓さま」

「姿勢が悪い。もっと伸ばせ」

姜維に弓を構えさせ、伸ばし足りない肩、背、腕の部分を直してゆく。棒術や、柄の長いものの扱いには、優れている。弓術は、まあまあといったところだ。馬にさえ乗らなければ、なかなかの動きを見せるが、騎射となると使いものにならないと言っていいほど、駄目だった。これでは半刻も保たずに、転がる。

「細かいところに気を配れ。型ができているとしても、細微なところがしっかりしてなければ意味がない」

「肝に銘じます」

「的だと思うなよ。狂気の敵だと思い、容赦するな」

「はい」

「あとは馬との呼吸か」

「こきゅう?」

「扱いにくい武器を持って、戦に行くような奴はいない。同じだよ。馬を自身の一部として、呼吸を合わせ操ることが大切なんだ」

「騎馬の練習もしないとなりませんね」

「それとこれとは話は別だ」

「ちがうのですか」

「馬に乗るのが得意だからと、騎射が上達するのでもない」

姜維から離れ、愛用する弓を手に、矢の入った筒をとる。馬にまたがる。たてがみを撫で、馬の腹を足で締め上げた。短いかけ声をかける。馬がいななき、走る。

すぐさま、矢をかけて、引いた。すらりとした姿勢で、見据える。

弾かれた弦。飛ぶ矢。

風を斬る。たしかに、それは、風を引き裂いた。

的と的のあいだの空間を、身体のすべてで感じ取り、射る。

曹丕の放つ矢が、ひとつ、またひとつと清々しい音を立て、斬りながら的の中心へと吸い込まれてゆく。

なめらかだ。姜維は思った。曹丕と馬の動きがしなやかそのもので、柔らかでありながら力強くさえもある。

十歳という幼いころから、戦にでている。それも、得意とする騎射があったのも、要因であろう。研がれてきた牙は、凶でもあり、美しくさえもある。

結果、射た矢は、ある的のうち十五が中心に当たり、二つは中心を外れ、三つが当て損じた。戻りながら、出来映えを確認する曹丕は舌を打ち、馬を降りる。

「お見事です」

「見事なものか。三つ、三つも外したぞ」

「いえ、私は三つ当てるのにやっとです」

「十にも満たない小さいころから、弓を持っているんだ、私は。つい最近からやり始めたお前とはちがう」

鼻を鳴らした。相当、悔しがっている。姜維は二十の的、すべて真ん中に射た曹丕を知っているから、悔しさを知り得た。

「そのころの私は、まだ庭の草を抜いていました」

父は天水の武官だったが、姜維が夏侯惇のもとに奉公に出る以前に死んだ。何故死んだかは、覚えてない。父がどんな顔をしていたかも、武術を教えてもらったことも、記憶にない。代わりに、夏侯惇に叩き込まれた。
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