赤紅の傷痕
□三
1ページ/5ページ
風を斬るとまでは言えないが、風のなかを押し進んだ。
屋敷の敷地内に、的をいくつも並ばせている。前を馬を走らせる。騎乗したままで、姜維は矢を射る。
「この下手くそがっ」
二十ある的で、真ん中に当たったものがない。やっとのことで当たったものは三つ。残りはすべて外れた。荒々しく声を張った曹丕のもとに、姜維が馬を引いて足早に戻ってくる。
「申し訳ありません、子桓さま」
「姿勢が悪い。もっと伸ばせ」
姜維に弓を構えさせ、伸ばし足りない肩、背、腕の部分を直してゆく。棒術や、柄の長いものの扱いには、優れている。弓術は、まあまあといったところだ。馬にさえ乗らなければ、なかなかの動きを見せるが、騎射となると使いものにならないと言っていいほど、駄目だった。これでは半刻も保たずに、転がる。
「細かいところに気を配れ。型ができているとしても、細微なところがしっかりしてなければ意味がない」
「肝に銘じます」
「的だと思うなよ。狂気の敵だと思い、容赦するな」
「はい」
「あとは馬との呼吸か」
「こきゅう?」
「扱いにくい武器を持って、戦に行くような奴はいない。同じだよ。馬を自身の一部として、呼吸を合わせ操ることが大切なんだ」
「騎馬の練習もしないとなりませんね」
「それとこれとは話は別だ」
「ちがうのですか」
「馬に乗るのが得意だからと、騎射が上達するのでもない」
姜維から離れ、愛用する弓を手に、矢の入った筒をとる。馬にまたがる。たてがみを撫で、馬の腹を足で締め上げた。短いかけ声をかける。馬がいななき、走る。
すぐさま、矢をかけて、引いた。すらりとした姿勢で、見据える。
弾かれた弦。飛ぶ矢。
風を斬る。たしかに、それは、風を引き裂いた。
的と的のあいだの空間を、身体のすべてで感じ取り、射る。
曹丕の放つ矢が、ひとつ、またひとつと清々しい音を立て、斬りながら的の中心へと吸い込まれてゆく。
なめらかだ。姜維は思った。曹丕と馬の動きがしなやかそのもので、柔らかでありながら力強くさえもある。
十歳という幼いころから、戦にでている。それも、得意とする騎射があったのも、要因であろう。研がれてきた牙は、凶でもあり、美しくさえもある。
結果、射た矢は、ある的のうち十五が中心に当たり、二つは中心を外れ、三つが当て損じた。戻りながら、出来映えを確認する曹丕は舌を打ち、馬を降りる。
「お見事です」
「見事なものか。三つ、三つも外したぞ」
「いえ、私は三つ当てるのにやっとです」
「十にも満たない小さいころから、弓を持っているんだ、私は。つい最近からやり始めたお前とはちがう」
鼻を鳴らした。相当、悔しがっている。姜維は二十の的、すべて真ん中に射た曹丕を知っているから、悔しさを知り得た。
「そのころの私は、まだ庭の草を抜いていました」
父は天水の武官だったが、姜維が夏侯惇のもとに奉公に出る以前に死んだ。何故死んだかは、覚えてない。父がどんな顔をしていたかも、武術を教えてもらったことも、記憶にない。代わりに、夏侯惇に叩き込まれた。