赤紅の傷痕
□一
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部屋に引きこもりがちであった雀(シャン)は、最近、よく庭園を散歩するようになった。碧玉の若者が居なくなってから、庭は少しばかり荒れたようにも感じる。
夏侯惇は新しい庭師をいれるつもりはないらしい。いや、もともと庭師などはいなかったはずだ。あの子が、好きで植物の世話をしていたと、夏侯惇は言っていた。
この前、指で突いていた花は、大半が散っていた。散った花びらを踏みならしながら、枝を折った。枝は折れてもなかなか離れなかった。皮が丈夫だ。激しく振って、やっと離れる。葉と残りの花が無惨に散った。
部屋に飾るつもりだ。無意味な動機ではない。だが、これを見たら、夏侯惇は怒るだろう。この前よりも、きっと、さらに。
夏侯惇にはまだ戸惑いがあるはずだ。理と同じ顔をした俺を、奴は雀などではなく、理として接することがある。ふとした仕草、言葉、気づかい。本人は気付いていまいが、俺には分かる。
男である自分を女として見ていないのだろうが、どこか女を扱うような素振りをすることがある。きまって、雀は唇を噛みしめるのである。
「馬鹿なやつだよ」
ほんとうに。
「雀」
「夏侯惇」
振り向いてやりながら、手にした枝をこれ見よがしに揺らしてみた。
予想通り、夏侯惇の眉間に皺が寄った。
「どうした?」
「枝を折るな」
夏侯惇に近づき、周囲を歩きながら、理嬢の顔をした男は、唇吊り上げた。妓女のような卑しさを含んだ唇が、動く。
「部屋に飾ろうと思って」
「女らしいな」
「理のようで嬉しいだろう。ねえ、元譲さま」
「……………」
掴まれた腕を締めつけられる。腕を一瞥し、枝で夏侯惇の肩を軽く叩く。花が首ごと落ちた。
「お離しになって、元譲さま。ごめんなさい。ごめんなさい」
声をわざと高く上擦りあげ、腰を低くかがめ、下から夏侯惇を見上げた。夏侯惇は腕を締め上げる。
「痛い、痛い、痛い。ごめんなさい。ごめんなさい。許して、元譲さま。許して、許してよ。痛いわ」
力が増すばかり。やれやれ、離してくれ。痣にでもなったらどうしてくれるよ。子供のいたずら心が分からない奴だ。
「冗談だよ、冗談」
媚びる表情を変えたが、唇の歪みは元には戻らなかった。
「冗談の通じない殿方は嫌われましてよ、あなた」
「私に冗談は言うな。お前から発せられるそれは、より気分が悪い」
「あたしが理の顔をしているからでしょ?ね、元譲さま。ね、そうでしょ。そうなんでしょ?」
「……………貴様は」
「元、譲、さ、ま」
理嬢は字で呼ばない。急に高く声が上擦った。不快に歯を食いしばる。
「うふふふふっ、声だって同じだもの。あら、似てるほうがよいかしら。どちらがお好み?お望みのままに変えて差し上げてもよくってよ」
「貴様」
「当たってるだろ?」
「関係ない」
「どうだかね。つれないわ、元譲さま」
首に絡み付く寸前で制し、鼻を鳴らして、雀の腕を突き放し、胸を押した。声音は、上擦りから戻っていが、けらけらと笑っていた。