赤紅の傷痕
□四
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理嬢は白い猫に夢中だった。
膝の上にのせて、猫と戯れている。曹操がくれた猫である。白く、瞳が月のように黄色い猫。理嬢はその猫がとても好きになっていた。遊んでいると、時間を忘れる。笑うときが、多くなっていた。猫の名を、色の白さからとって、百合と名付けた。
百合も理嬢に懐いたようで、よく甘えてくる。抱き上げると、顔の傷を舐めてきた。さすがに、傷を刺激されると痛みはあるが、気分は穏やかだった。
「貴姫さま、殿がいらっしゃいました」
侍女が曹操の来訪を伝える。少しずつ、恐怖が薄らいできた気がする。夜な夜な繰り返された狂気じみた行為は、曹操が百合をくれたのを境に無くなった。
ふと、膝の上の百合が動きを止め、扉のほうへ走って行った。その先に、曹操が笑みを浮かべていた。百合が足に爪を立てて戯れようとしている。
「あっ、百合、だめだめ」
曹操は百合の首を掴み、手のひらへ載せた。そして、器用に飛び降りた。
「申し訳ありません、孟徳さま。まだ、ちゃんとしつけていなくて」
理嬢は駆けより、何度も頭を下げる。曹操は理嬢の顎に指をすべらせ、頭を上げてやる。
「猫は気ままなものだ。しつけようとて、思いのままになるものではない。気にするな」
そう言うと、理嬢を抱きしめた。唇に指で触れ、ゆっくり口づけた。
曹操の手が頬に触れ、唇が離れる。
「この傷はどうした?」
明らかに自分がつけたものではない、傷がふたつ。片方は浅いが、切ったようなものと、殴られたように腫れているもの。
理嬢は首を傾げた。
「ええ……………分からないのです。お昼寝をしていて、あの子がじゃれてつけたんだと思います。でも、わたしが、寝ぼけて自分でつけたのかと」
「そうか」
両の頬に、優しく口づけた。
実は、おなかも痛い。これもきっと、百合がわたしのおなかの上で跳び跳ねたせい。
「気をつけるようにな」
「はい、孟徳さま」
曹操は先に理嬢に席を勧めてから、席に着いた。
理嬢の膝に、白い猫が飛びのる。
「あの、今日は、またずいぶんと、お早いのですね」
まだ、陽が高い。
「いや、また夜に来るつもりだ。話があって来たまでのこと」