赤紅の傷痕
□三
1ページ/3ページ
見慣れた天蓋。寝室の寝台の上だった。
自然に起き上がると、頭や身体の各部が鈍く疼く。視界が柔らかく歪んだ。丁寧に手当てされており、白い包帯で巻かれている。
「……………」
「目が覚めた?まだ横になっていなよ」
「雀(シャン)」
扉の近くに、小さな器を持った雀が、夏侯惇に穏やかな表情で聞いてきた。椅子を足で小突き、動かしながら、寝台の横に置き、座る。
「起き上がるなんて、さすがだけど」
「おまえが、手当をしてくれたのか?」
「うん。手慣れたものだろ?これも飲め」
差し出された器を、夏侯惇はまじまじと見た。口に入れていいものなのか。中には、どす黒い緑の液体がある。
雀は小さく、笑った。
「安心しろ。ただの刀傷にいい薬だ。あの坊やのおかげかな、いろんな薬草があって、探すのに苦労しなかった」
「たしかに、姜維は薬学によく通じていた。薬茶を淹れてくれることもあったな」
「ふうん」
「この薬は雀が作ったのか?」
「当たり前だ。薬草さえあれば、他にもいろいろ調合できるぞ。毒から良薬までな」
「ほう」
「すごいだろ」
「これに毒を入れ込んであるまいな」
「毒と良薬は紙一重だ。いまの夏侯惇にそれは良薬で、毒じゃない」
「所詮、医者の真似事だか」
「生きていくための医術の心得だ。真似じゃない」
器を受け取り、唇をつけて飲む。舌の上に広がる苦い味に顔をしかめた。苦い薬をのどの奥に押し込めながら、自分はどうして寝台の上にいるのかと考えた。雀と刀を交え、斬られ、紅い瞳、後ろからの衝撃。
背後から頭を斬られたのか。無意識に、指が頭に触れていた。雀が、口を開いた。
「頭は、斬りつけてはいないよ。刃じゃないほうで、思いっきり、殴りつけただけだ」
「殴ったのか」
「それで、気絶したんだよ。悪かった。斬ったよりたちが悪いかも」
「いや、謝ることはない。私が望んだ結果だ。たちが悪くとも、殺さぬようにと信じておく」
「なら、気が楽だよ。まだ、寝ていたほうがいい。仮にも、頭を殴ったからな」
目を細めた。先ほどの獣のような恐ろしさが微塵もない。
「謝るのは、私のほうだ。顔を傷つけて申し訳なかった」
「これのことか?」
笑っていた顔が、少し憂いだ。血の止まった頬の傷を優しく指先で撫でている。浅かったから、大丈夫だと言った。気にするな。
「お前は、強いな」
捕らえることのできなかった速さ。一撃、一撃が重い斬撃。見た目のしなやかさに反しての攻めを、思い出す。
「言っただろう。俺が本気を出したら死ぬぞって」