赤紅の傷痕

□二
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「俺はそのような人間ではない。俺は人殺しさ。今までの戦で何人も、何人も人を殺してきた」

血まみれなんだ。

「謙遜するなよ。曹操のために、してきたんだろう?」

もっと俺は血に濡れている。

「止めろ」

「だったら、俺は娯楽のために殺してきたようなもんだ。質が違うの。解ったか?優しい優しい夏侯惇殿」

「止めろと言ったろう」

「自分のことは自分では解らないものさ。顔に似合わず、ずいぶんと繊細だよ、お前は。俺にはそんな繊細さはないね。俺が慈愛を捧げるのは、理だけだから」

「よくもまあ、だらだらと言ってくれるな」

「悪いねえ、こういう性分なんだ。でも、夏侯惇は俺のようなことはしないだろう?俺は楽しいんだ。遊びなんだよ」

鼻を鳴らすと、雀は愉快そうに笑った。理嬢の顔をした男は、笑いながら花を突いている。無邪気な姿が、不気味だった。これに慣れることはまずないだろうなと思った。

「殺すって、こんなにも簡単なのに」

「ふざけた物言いは慎め、若造。生殺与奪を軽々しく、しかも嬉々と口に出すな」

「若造ねえ?これでも年齢は夏侯惇とさほど変わらないかもよ」

「俺をなめているのか。年齢が大差ないのは絶対にない。理の弟だろうが」

「おやおや。これから気をつけましょうか」

反省の色をまったく表さない雀に、夏侯惇は短くため息をつき、言った。

「……………お前に用があるのだが」

「どんな?誰かを暗殺しろって?」

「私が姑息な手段を頼むとでも?」

花を突いていた指が止まる。

「そりゃそうだ」

夏侯惇は雀を一瞥し、踵を返した。

「来い」

雀は夏侯惇のあとをついて行く。

着いたのは、花も草木もない、土だけの寂しい庭の一角だった。そこで、夏侯惇は雀に向き直ると、細剣を抜いた。その剣を雀へ向ける。

「ええ?俺を処刑するの」

「ならば既にしている」

「だよな」

「お前の本当の実力を知りたい」

本心だった。一閃で相手を殺すほどの腕。武術をたしなむもののひとりとして、強者の力を知りたかった。

「俺の実力?」

狐に化かされたように、きょとんと、雀は目を丸くした。

「そうだ」

雀は口をつり上げて、嘲笑した。馬鹿か、と。

「一回、首に突きつけてやった気がするけど。死にたいのか?俺が本気を出したら、死ぬぞ」

「お前は言ったな。私にもう二度と、刃を向けるようなことはしない、と。それはつまり、私を殺しはしないととっていいのだろう?」

「だから、夏侯惇は死ぬ心配がないと?」

「そうだ」

「おひとよし、それか、阿呆」

敬意を表したのか、雀は刀を抜いた。陽光に反射した。意外に、光は真っ直ぐで純粋だった。

「……………本気で、俺と戦りあいたいのか?」

「無論だ」

二人の男は、構える。

「正直、本気の俺とやりあうというのは、腕にかなりの自信があるか、かなり馬鹿だけだぞ。お勧めしないな」

「どちらととってもらっても、かまわないさ」

「命は大事にしなくちゃ」

けらけらと刃先を揺らす。

「御託はいい。貴様は、やり合いたくないのか。やりたいのか」

「……………加減はするが、どうか死なないでくれよ」

「これでも将と言われているんだがな。心配しなくていい。私は簡単には死なん」

「そうだろな」

「もともと、本気を目にしたことがない。恐怖さえも持ってない」

苦笑にも嘲笑にも似た笑みが、ふたたび、くっきりと雀の口元に刻まれる。

沈黙が流れた。

自然の音だけが、縹渺と流れていくだけだった。

雀が色素の薄い茶色の目を、ゆっくりと閉じた。そして、勢いよく紅い目を開け、夏侯惇に斬りかかる。静寂が破られた瞬間。笑みはなく、唇が締められている。

直線に放たれた刃を、夏侯惇は自らの細剣で止める。鋭い音が、周囲に広がる。衝撃。ずしりと重い一撃。
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