赤紅の傷痕
□二
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母子の幻を雀は見ていた。
刃を鞘へとおさめる。外套を羽織り、刀を腰から下げて部屋を出る。微量の風。庭へ出た。庭には、純白の白い花がひっそりと緑の陰に隠れるように咲いており、花を指先で、突いてみる。
あの母子は、十日間ほど歩きつづけて見つけた小さな村にゆだねた。自分の持っていた銭を、すべて渡して。母親の儀礼ぶった態度と確定のない哀愁の漂う笑い、鈴蘭の父親が教えてくれたという歌を最後に、それからどうなったかは、知らない。しかし、知ろうとも思わない。
また、会おうね、お兄さん。
また?二度めなどない。
お兄さん、ありがとう。
ありがとう?いわれる筋合いなどない。俺の気まぐれだから。
花の部分だけ、ちぎり取り、手のひらで、握り潰す。
唯一、知っていることは、あのひとたちが死んだか、生きているのかも自分には寸分も関係のないことだった。
開いた手から、花の残骸が落ちた。はらり、はらりと優雅なものではない。死んだ身体が、力を亡くして落ちるものと同じだった。
死んで骸となれば、人も花も変わりはない。
「あまり、いい趣味とは言えんな」
振り返る。夏侯惇が立っていた。
「夏侯惇」
夏侯惇が雀の足元に散った花のかけらを、ひとつ取り上げる。しおれた花びらが、手のひらの上に物言わず横たわっていた。
「この花を一輪咲かせるために、どれだけの労力を費やすと思っている」
「あの坊やのことか……………悪かったよ。あやまる」
金髪の、まだあどけなさが残る少年。先日、曹操の息子に付いて、屋敷から出て行った。名前は、なんだったろう。
「あやまったところで、花がよみがえるとでも思っているのか?」
「……………怒ってるのか」
「当たり前だろう」
「おかしなやつ」
雀は夏侯惇から目をそらした。
「お前はそういう表情をよくするんだねえ。俺がお前の従者を殺したときも、兵を殺したときも、今、花を握りつぶしたときでさえも」
夏侯惇は、なにも言わなかった。
「心が優しいんだ。俺とはちがう」
雀は夏侯惇の周囲を、ゆっくりと歩きながらつづける。
「お前の、夏侯惇の優しさは並みの優しさとはちがう。すべてのものに、愛しさと慈しみを捧げるんだ。誰にでも、食料にされる牛や豚にでさえもな。だが、人間だ。感情が長続きするはずがない。休むために、お前は戦や鍛錬などで疲れた心を晴らすのさ」