赤紅の傷痕
□一
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雀(シャン)は夢を視ると、いつも人を殺していた。
彷徨していたときの記憶が、端から端まで明瞭に、閉じた瞼の裏に湧き上がる。
殺している自分を、自分は視ていた。無の瞬間。
殺せ。
殺し尽くせ。
いつも、いつも、頭に響いていた。己の声であり、本能だった。猟奇的な欲望は、はちきれんばかりに膨らみつづけた。無の世界が、広がる。
叫んだ。嗤った。叫び、嗤いつづけた。
襲い来る奴らは、主に賊だった。間髪を入れずに、歩いていると襲いかかってくる。蠅も同然に殺した。いたずらに首と戯れる。鞠を蹴るようにしてひとり遊び、木のあいだあいだに並べ、ひとりだけのかくれんぼ。人間を襲うことしか、ものを奪うことしか、女を暴行することしか能のない馬鹿どもには、お似合いの最期だ。
嘲笑を土産にしてあの世へ送ってやる。なかには、せめて命だけはと乞うのもいた。
雀は他人を惹きつける美しい顔をこれ見よがしに晒した。男とも女とも思える顔に、残虐の笑みを歪めて葬る。
助かったと思われる顔らしくて、その期待を裏切るのが楽しくて楽しくてたまらない。低俗なてめえらに、生きる意味はないと声をかけてあげて、にっこり笑顔で首を落としてやる。
ひとり芝居に飽きたら判別のつかないものにする処理までを終わらせたあと、全身が赤く染まっていた。川で身体を洗い、喉を鳴らしてたらふく水を飲む。叫び、笑いつづけていたためだ。
一仕事終えたように、気分は良かった。
殺すために自分は生まれた。理由は、それだけだ。俺を生み出した奴は、言った。殺せ。殺せ。奴の口から以上の言葉は出なかった気がする。
殺せという言葉しか口から出さない。名前も、つけてはくれなかった。名がほしいと渇望したのは、いつのころからだっただろうか。
名がほしい。
空を飛ぶものがいた。小さいもの。小さいながらも、大きな空を悠々と飛び回っている。簡単にひねれそうな小さきものが、羨ましくて仕方がない。雀。自分で自分の名をつけた。
俺は、奴が嫌いだった。斬りかかったが、奴は血を流しながらも平然と立っていた。殺せなかったのではない。死ななかったのだ。私は全身を焼かれたこともあるのだよ。口には出さなかったが、言っていた。
最後には、よく顔の見えない奴が笑っている。おそらくは、醜い顔であろう。全身を炎にまかれたのたのならば、肌は黒く焦げ、爛れているにちがいない。
殺せ。
殺せ、殺せ。
「殺せえっ」
口にしていた。目が醒めてて、手を上へ伸ばしている。嫌に頭は冴えており、淀みがない。
伸ばした手は、刀の柄を掴んでいるように、曲がっていた。戻す。
睡眠は、癒すものではなかった。身体は癒されているのだろうが、癒されているという気はしない。
無聊だった。しかし、することはなにもない。
理嬢のいた部屋から呼ばれる以外は、滅多なことがないかぎり、外へは出ない。夏侯惇は城へ出仕しているようだった。
なにもすることがない。
部屋の扉を叩くひとも、ほとんどいない。屋敷にいるものたちは、特別な用がなければ近づくこともしないのだ。理嬢と同じ顔をした男は、奇怪の対象以外なにものでもないだろう。気味悪く思われるのも仕方がない。
身を起こす。
寝台から降りて、卓のそばへ行き、刀を鞘から抜いた。曇りのある色を、放っている。斬ったあとは錆ができぬように、丁寧に拭き取ることを怠らなかったが、最近では、刀が血を吸い込んだようになってきたと感じている。
生きるための、殺しだった。しかし、時々、本当にたまだが、赤々と流れる血を望み、欲求を鎮めるための殺しをしたこともある。そして、それでも自分の欲求が抑えられないときには、自分の腕などを軽く傷つけたこともある。決まって、自分のしたことに後悔を覚えるのである。傷の痕は、まだ腕に残っていて、欲求が沸き上がると腕をみるようにしている。