赤紅の傷痕

□三
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四日ほど、経った。

姜維は、庭の手入れをする気にもならなかった。惰性で庭の手入れをしている。そして、休憩の時間の大半を理嬢の部屋の前に腰を下ろしてそこで暗い眼をしてぼんやり過ごしていた。それを見ていた夏侯惇は、何日かはそっとしておいてやろうと、考えている。侍女たちにもそう言った。

ほぼ連日欠かさずに来てくれていた曹丕も、薬を渡してくれるように頼んだ日から、来ていない。直感的に、渡せなかったか、受け取ってもらえなかったかのどちらかだということを、姜維は感じていた。

このような体たらく、許されるものではないとわかっている。でも、身体を動かすのは億劫だ。

眼をつぶると、理嬢が鮮やかによみがえる。いなくなってから、自分がどれほど理嬢に想いを寄せているか、知った。

姜維の髪は、お星さまのようにきらきらね。そう褒めてくれたのが嬉しかった。

初めは、年上のひととして、ただの憧れだった。それが、いつしか恋慕へと変わり、今に至る。

遊ぶときは、いつもふたりきりで、あの声も、ほほえみも、眼差しも、いつもいつも、自分だけに捧げられているものと錯覚したことさえある。

ずっと、このような時が続くものばかりと思っていた。側室のための教育をされていると知ったのは、自分がまだ十三の時で、よくわからなかった。それでも、その時は、側室になっても自分は楽しく過ごせると思っていた。幼さゆえの無邪気さだった。

理嬢は庭の花を見ると、いつも笑っていた。喜んでくれていた。

花が好きなのだと。綺麗なのだと。それらを手入れするのは自分。花を愛でることは自分を愛でてくれることだと錯覚して酔ったこともある。

喜んでくれるのが、とても嬉しかった。

自分は、本当に植物が好きで手入れをしていたのか。喜ぶ理嬢の姿が見たいがために、手入れをしていたのか。

いずれにせよ、喜んでくれるひとがいない今、姜維にとって、もう庭の手入れなど、どうでもよくなっていた。

それでも、植物は好きだ。薬草になるものは手入れをするかもしれない。

眼をとじた。

理嬢がいる。こっちを向いて、ほほえんでいた。

「理嬢さま」

ちょっと目を細めて、ほほえんでいた。

好きよ、姜維。

「わたしもです。お慕いしております」

眼をあける。

自分勝手な幻想を視ることが多くなった。

空を仰ぐと、青い色が空を覆い、白い雲が浮かんで、漂っている。太陽は高い。もうすぐ昼時だった。それでも黒い。暗い眼に、黒く映る。

情けない。我ながらなんとも気味が悪い。

姜維はその重い腰を上げ、立ち上がり、理嬢の部屋を見つめる。見ているだけで、もしかしたら。姜維、と呼びながら扉を開けて出てきてくれるかもしれない。いなくなっても、どうしても、出てきてくれるような感覚がある。

部屋に向かって呼びかけようと、無論、返す言葉などない。未練がましい自分に呆れ、自嘲気味に頭をなでた。そして、庭の方へと足を運ぶ。庭の手入れをする気になれないと言っても、仕事はこなさねばならないし、やはり気になるものだった。長年、染みついた責務は易々と、はがれるものではない。

花の状態が。枯れてはいないか。雑草はどうか。気になる。
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