赤紅の傷痕

□二
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理嬢は、桃の香を焚いて部屋を満たしていた。これで、夏侯邸のことを思い出そうとしているのだ。側室に加えられてから、毎晩、曹操はずっとやってくる。暴力を毎晩、与えられている。

昨晩も同じだった。そのおかげで、理嬢の左右の目の下、腕、腹など、いたるところに痣ができ、口のすみからは、まだ血がのぞいていて、頬は腫れている。

とにかく、身体じゅう傷だらけなのだ。噛みつかれた肩の傷も、まだ治っていない。

曹操はやってくると有無を言わさずに、床に押さえつけ、馬乗りになって殴り、蹴るのだ。意識を飛ばし、目が醒めると、寝台の上に自分はいる。新しい傷に気がつく。そして、痛みと恐怖で涙がでる。その繰り返し。

なにをしようか、という気持ちも失せていた。

夏侯惇や、姜維が恋しくなる。ずっと、ふたりの顔が浮かんでは消え、楽しかった日々がとても恋しく辛いのだ。そう思うと、また涙がでる。恋しくなるたびに、ばらばらにされた姜維にもらった花びらを見つめる。

それらは理嬢が拾い集め、再び水にいけたものだ。寝台近くの卓の上に置いてある、小さな容器を曹操は、二度もひっくり返そうとはしなかった。だが、花びらの腐食は日ごと進行している。

完全に腐ってしまったら、もう捨てるしかないのだろうか。また、自然と涙がこぼれる。

楽しいことなど、この世界には何もない。楽しいことがあると思った自分を、愚かなことを考えたなと、改めて実感した。

窓を小さく、たたく音が、聞こえた。

誰だろうと思っても、窓まで歩きその正体を確認したいとは思わなかった。小さい音はだんだんと大きくなる。

「姐々(チエチエ)、姐々」
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