赤紅の傷痕
□五
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曹操の屋敷へ連れられた理嬢は、困惑していた。
目に映るすべての人々が、頭を垂れ、並んでいるのだ。前に丞相府に足を運んでいたときは、このようなことは、なかった。理嬢は知る。自分は側室になったのだ。
曹操はそのために、自分を連れてきたのだ、と。確信したとき、足先から力が抜けていく感じがした。ゆっくりと、瞼がおりてゆく。胸に苦しみが生まれ、鎖のように縛り上げる。
姜維。別れの言葉をも交わさずに。夏侯惇にも言わずに。
曹操に肩を抱かれる。身を少し震わせ、醒めた。
「部屋へ案内しよう」
連れて行かれるままに、案内された部屋は、宝石や絹で装飾された豪奢な、花の香が焚かれ満たされていた。
「理、そなたの部屋だ」
「こんなに……………綺麗な部屋にわたしが、……………本当によろしいのですか?」
「何を言う。全てそなたのために揃えたのだ」
満足げに微笑む曹操を見る。喜んでくれるか、と聞かれ、理嬢はただ小さく頷いただけだった。曹操の長い指が、髪に触れ、優しい眼差しを向ける。
「湯浴みの用意はさせてある。ゆっくりとつかるといい」
優しく理嬢の頬を指先で撫で、曹操は退出する。それと入れ替えて、三人の女が入ってくる。手際良く理嬢が着ていた寝着を脱がし、湯浴み着に着替えさせられ、湯を浴びるために連れて行かれる。
湯もまた、特別なものであった。香水と湯を混ぜた芳しい湯である。
湯浴み後には、新しい寝着が用意された。
薄く化粧を施され、足の爪と指の爪を、ほど良い長さに切られ、部屋に一人になる。
自分が、湯を浴びている間に用意されたかと思われる豪勢な料理と、酒が卓の上に置かれていた。
卓の近くにある椅子に腰をかけ、改めて部屋を見渡す。
多からず少なからず、品良くそろえられた数々の調度品。書が正しく重ねられた書棚。自分には勿体ないほどの部屋に、なかなか落ち着かない。夏侯邸の部屋も、自分には勿体なかったのに。この部屋はそれ以上なのだ。
卓の隅に置かれた小さな香油入れは、瑪瑙で造られた貴重なものだった。指を滑らし、困ったように息をつく。何もしていないのに、悪いことをしている気分になる。
孤児であり、素姓もはっきりとしない自分が、このような恵まれた待遇を受けることに、抵抗があった。嬉しくないわけではない。人からの好意というのか、優しくされることに、申し訳ない気持ちがあるのだ。
素直に人の好意を受け止められないときがある。まさに、今の状況だった。
こうやって、毎日を暮らさねばならぬのだろうか。
耐え難い。できれば、宝石の装飾をとって、ひっそりとした部屋が良かった。
どうしても落ち着かなくなり、椅子から立ち上がり、迷い犬のように、部屋の中を右往左往する。動けば動くだけ、ますます落ち着かなくなってきた。困った。
「貴姫さま」
女の声がした。自分の侍女になった女かどうか分からないが、女はそう呼んだ。