赤紅の傷痕
□三
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人殺しがでた。女。今月は、これで六人目。
場所は現在造営が続けられている宮殿の隅だった。資材をしまっておく個室で発見されたのだ。
二夜連続の殺人事件を耳にし急追出仕することとなった。
女の肢体は既に片付けられているだろうが、億劫な気分であるのは変わりようがない。戦でもないのに、殺しがあるというのは精神的に辛いものがあった。
賑やかな大通りを馬にまたがり、従者を数人連れ、進んでゆく。
大通りに人は多い。業の都は、食料や衣類など生活に必要な物資も十分足りている。職人たちも毎日働いている。働けば働くほど対価は手元に返ってくるのだ。いつまでその保証が続く花わからないが、今はそうであった。
市場は所狭しと広がっており、屋台がひしめきあっていた。芸人たちの一団もおり、明るい音曲が流れ軽快な足踏みも聞こえる。心も身体も、ここに住む者たちはみな豊かであった。
喜ばしい、しかし、なんとものんきなことだ。と。
きっと、血や臓物の匂いを嗅いだことのない者たちばかりなのだろう。ここの民は。などと思わないでもない。
すると突然、似つかわしくない怒声が聞こえた。手綱を引き馬を止め、手を軽く挙げ進行を止めさせた。馬が小さくいなないた。
「何事だ?」
「見て参ります」
従者のひとりが馬から下りて、人ごみのなかへ消えた。
民同士の諍いもとい喧嘩の類ならば、内容によっては我々が干渉することもないだろうと思った。民を守ることが役目であっても入っていく範囲内のことではない。
やがて様子を見に行った者が戻ってくる。
「何事だった?」
「はい。見回りの兵と何者でしょうか。民がいがみあっております」
「見回りの兵が……………」
夏侯惇は、また厄介なことだと思った。干渉しなければならぬ。
「いかがなさいますか」
「私が話を聞こう」
見回りの兵であれば身内のことである。曹操の顔に泥を塗るようなまねはさせぬ。民の支持をなくしてはならなかった。
自分の愛馬を部下に任せ、夏侯惇は無言のままで人ごみのなかへ入った。人をかき分ける間もなく、民たちは道を開けてくれた。従者たちは急いで夏侯惇の後を追う。
いがみあっているのは見回りの兵数人と頭からうす汚れた外套を被ったひとりだった。言い合っているのが聞こえる。聞こえると言っても大声は全て巡回兵のものらしく、相手をしていると思われる者の声はしない。
「おまえたち、何をしている」
まずは兵に夏侯惇は声をかけた。
取り巻いていた人ごみは驚いたように夏侯惇を見て、その周りにいる兵たちと巡回兵を見回している。
巡回兵たちは思わぬ存在の登場に目を白黒させる。夏侯惇の目には怒りの色が浮かんでいた。
「夏侯元譲将軍」
「はあ?なあにをしているもなにも、そこのくそ野郎どもが金をご老人から巻き上げようとしていたのを止めただけだ」
濁ることなく凜とまっすぐに響く。夏侯惇の耳のなかに吸い込まれた。これは外套を被った者の声だった。
この声。
どこかで聞いた声。若い。女のような、いや、よく聞けば男ではないだろうか。
しかし、この声はいったい。
うねるような坩堝に囚われるような気持ちにさせられた。しかし、それも反論する声に引っ張られた。
「不審なものだった故にっ」
夏侯惇は蚊を払うような仕草で巡回兵たちを制し黙らせる。
「続きを聞かせ願いたい」
外套の者は、一歩前に足を進め、夏侯惇を測っているのか頭を動かしていた。