赤紅の傷痕

□二
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夏侯惇の屋敷で理嬢は夏侯惇付きの侍女として仕えている。しかし、それは理嬢が側室となるための教育をしやすくするための方便であった。

側室となるため外面的には侍女。

名ばかりの侍女は、それこそ最高の待遇を受けた。物資的な恩恵のほかにも教養についてもは言わずもがなだ。独自に豪華な部屋を与えられ、上質の着物。装飾された家具。口に溶ける食べもの、最高の甘味。鮮やかな宝石を手にした。

理嬢は決してそれらの美しさにほほえみを向けることはしなかったのを、近くで見てきた夏侯惇は知っていた。

一度、聞いたことがある。嫌いなのか。せっかく従兄上が四方八方と手を尽くし、お前のために用意したものなのに。

理嬢は言う。もちろん嬉しいです。でも、いいんです。いらないんです。お気持ちだけで、わたしはじゅうぶんだから。

困ったように目を丸くさせ、または悲しそうに手にとって品々を見つめていた。

元はたいそうな家柄の娘だったのかと思ったが、ぎこちない身のこなしやおかしな作法から、貴族や、位の高い娘ではないと知る。なにをどうしたらいいのかさっぱりわからないふうであった。繕っているものではない、なにをどうすればいいのかわからない、まったくの無知であったのだ。赤子のように。

では、いったいなぜ喜ばないのか。高価と見れば、女とは、いや、人とはよろこぶものではなかっただろうか。

そのうち、この娘は。では、なにをすれば喜ぶのかという興味が湧いた。それだけのことだった。







屋敷へ帰ると侍女が顔をすぐ出した。うやうやしく帰りを迎えてくれる。

「旦那さま、お帰りなさいませ」

「理嬢は帰っているか?」

「はい。それが」

言葉を濁す。表情はしょうしょうしかめられていた。

「おひとりで。輿車にもお乗りにならず、供のひとりもつけずお帰りになられました」

夏侯惇は舌打ちをした。よくもまあふらふらと。容易に想像できるところが、まさしくと納得してしまいそうになる。理嬢はこちらが頭をひねってしまいたくなる方向に奔放な面がある。いや、軽率なのだ。

漢の丞相曹操の側室になる身なのだと自覚を持たせるため、外出をするのならば輿に乗れとあれほど言っているのだが、またしても約束を反故にしたようだ。仮にも貴人のひとりとなるのだ、深窓にはいるのならば、おとなしく慎みを持った淑女でならなければならない。

どこに出しても恥ずかしくない、そして従兄上に恥をかかせない女性になるよう養育してきたつもりなのだが、あの娘はこちらが気を向くとあるまじきことをする。

「理嬢は部屋だな?」

「お察しのとおりなのですが、お部屋に入ってしまったきりお出にならぬので……………気分が優れぬのかお聞きしましたら、誰も入ってこないでほしいと」
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