赤紅の傷痕

□一
3ページ/7ページ




互いが互いに引けを捕らぬという自負があるため、自然と衝突し合う。

見慣れたと言えばそうだが、この場では好ましくないものだった。

仲間内で諍いを起こすは、勝利を諦めたも同じこと。本来出せる力も出せなくなる。

張遼と曹純は、ほんの瞬く間、噛みつくのような視線を絡めてから顔を背けた。夏侯惇と曹仁は曹操の顔色を窺う。南征において初めの勝利はこちらの絶対的勝利だったが、まだ闘いの最中だ。もっと力を入れ討ち果たすべき相手は多い。遠くの遠くを見据える曹操は刻が過ぎるたびに始終、神経を尖らせている。弊害か、感情がいつどこで、どんなふうに爆ぜるかわからなかった。

机を叩き、椅子を蹴り飛ばしたり、怒鳴るのはまだ軽いほうだ。悪くて隣にいる人間を殴る。過去に二、三回斬りつけたことがある。

それをにおわせる様子を捉えられればいいのだが、長年の従兄弟たちもいつまでもわからない。

「策もない戦になるぞ、次は」

曹操が地図上に長い指を這わせた。

「力押しに強引な動きは、結果を思わしくせぬものと我は知っている。だが、時にはかえって良いこともある。夜明けとともに追撃するぞ。虎豹騎が先陣を切れ、我と張遼、曹仁、夏侯淵、于禁が続く。他は歩兵を指揮し江陵へ向かうように」

曹純と張遼の諍いなぞ気にもせず、曹操は命令を下す。

「曹純。劉備を捕らえ人質にせよ。ほかは無視していい」

「お任せくださいませ」

曹純は誇らしげに合掌し、頬を上気させる。目は燦々と輝いていた。

虎豹騎と曹操率いる部隊の五千が追撃の要となり、指名された将たちと属する兵は慌ただしく天幕をたたみ、用意をし始めた。

軍議を解散し、後詰めの補給管理を任された夏侯惇が自分の天幕へ入ると、見計らったように雀が入ってきた。

「はずされちゃったね」

「不服か?」

幕舎の近くで聞き耳を立てていたらしい。

「べつに。ただ残念なだけさ。兵糧とか、守備に専念してのんびりするより、相手を追い詰めるほうが俺の性格に似合っていると思って」

「劉備を攻めるのは、従兄上が選抜した五百騎の騎兵隊と古参の将兵たちだ」

聞いてたから大丈夫、と雀は言った。

「夏侯惇だって昔から居たろ」

「私が加わっても足手纏いになるだけだからな」

「また得意の御謙遜ですか、夏侯惇将軍」

雀は夏侯惇の首筋に刃先を滑らした。夏侯惇は眉を少しも動かさない。

「まさか、勝手に前線部隊について行きたいと言うのではなかろうな、雀」

「できたらそうしたいよ。忍び込んじゃおうかな?あんなに群れてちゃ、ひとりやふたりくらい気づかれないだろうなあ」

「私の軍を離れるは逃亡と見なし軍律違反で即斬首だ」

「物騒だね、夏侯惇。戦で興奮してるからって気を荒げないでくれる?」

「貴様、なにをしてるか解ってるのか」

にんまりと含んで、刀を鞘に収めた。そして、夏侯惇の黒髪で戯れる。

「俺はいつもと変わりない」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ