赤紅の傷痕

□ニ
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それから、観察という名の訪問を度々した。ついでに、あやしのつもりで遊び相手を。

男児ばかりが父親に託され、女児は母親につくため、少女の成長は見ていてたのしい。しかし、箏の腕だけはあがるどころか退化しているようだ。

会うごとに、やんちゃの影が薄まり、見事に、従順で貞潔な淑女になる。女はこんなふうに成長するのかと思った。

理嬢の肌は白く、頬が淡く桃色に色づいている。容姿は十人並みで、とくにとはないけれど、吸い込まれそうな茶色の瞳が印象的だった。美人というわけではないが、逆にそれが好感的で、なんともいえぬ愛らしさに包まれている。長い髪は細く、揺れるたびにさざなみが聞こえるようだ。

理嬢には欲がなかった。節句や祝う儀式などでは身を着飾っていたが、ふだんは宝石や工夫を凝らした服で、華やかに身を飾ろうとせず、つつましくしていた。

外で、夏侯惇の後ろをしずしず歩いているのを何度か見かけた。理嬢は侍女だと周囲に話していたが、納得したたものはいるかどうか。

ふたりは親子には映らなかった。父とする瞳が、子とする瞳がかち合わない、ずれた感覚。

正体が不明の情けが絡み合っている。俺だけではないはずだ。この違和感を感じる奴。

恋情かと感じたのに、探ろうとしてもぐりこむほど、恋情とは離れた、ずれていながら親子のものとなる。

異常で、怪奇。

家まではさほどない路上で、おいと言葉を投げられる。耳にしたことのある声に振り返った。

たくさんの人が行き交うなかに、いた。埋もれるように。

いままで思い出し考え巡らした娘の理嬢。しかし。

理嬢の顔であるのはたしかだが、根がちがう。あの少女に備わっていた、ほのやかさはない。華美があった。小柄ではない、長身である。

皮を被った鬼か。そうだ。いいや、曹操からおかしな男の話題が。理嬢と同じ顔をした男がいると。そいつは、夏侯惇のそばに居着いている。

これが?

曹操は言った。そやつは……………という名で、我の首を狙っていた。首のここに刀を突きつけおってな。……………は、獣の皮を被った人間よ。だが、興味はそそられる。

面妖ですな。私も一度会ってみたいですね。

その際は気をつけたほうがよいぞ。やつは、……………は、どこぞくるっておる。

茶色の瞳で夏侯淵を見つめ、かたちのよい唇を上品にひく。流麗に、ごきげんようとつぶやいた。声。

男は、肩をぶつけながら、まっすぐ夏侯淵に近づいてくる。長い髪が靡いている。

名は、なんといったのか。……………は獣の皮をかぶった人よ。

名は。

ごきげんよう。かたちのよい唇は下卑た色をひく。勇猛と言われる将、夏侯淵は怖気をふるう。

こんなにも醜い人間がいるのだろうか。安眠を誘われる美しさと、嘔吐を催す醜悪さが混在している。

ごきげんよう。……………

言葉を連ねた。
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