赤紅の傷痕
□二
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刃と刃が互いにせめぎ合い、小さな金属音を絶えなく鳴らしつづける。夏侯惇の握る手に、力が一段とこもった。雀の刃を横に払う。
雀が後ろに跳びずさる。夏侯惇は雀めがけて、細剣を突き出した。突き出した剣先に、対象は居らず。その横に、身体をかわした対象は大きく刃を振り上げ、下ろした。
突きの体制から、防御への切り換えが間に合わず、身体を横に転がらせ、避ける。素早く立ち上がり、構え直す。
いない。
夏侯惇の頭に、戸惑いの間ができる。しかし、長くはつづかない。殺気。背後。
気づいたときには、奴の鋭い刃が首の正面間近に迫っていた。夏侯惇は後ろから包み込まれるような状態にいた。刃を、首の正面で食い止める。足が震える。
再び、刃が唸り始めた。
押し返そうとするが、支えるはずの足が、がくがくと脈動する。
これで、終わりか?
背後から漂う殺気が、そう言っていた。殺気はいやらしく、淫靡に夏侯惇を、おぞましいほどに舐めついてくる。首を、滑らかな絹糸で締め上げられるようだ。
いや、まだだ。振り払うように、歯を食いしばる。
力を緩めると同時に、片足で雀の腹を蹴り上げた。不意をつかれた雀は後ろへ勢いよく揺れる。呪縛が解かれた。
「か、こ……………」
腹を突かれた衝撃で咳き込む雀の隙を、夏侯惇は見逃すことなく、斬りかかった。一瞬、雀の紅い瞳が、理をまざまざと思い出させた。
あの暗闇。
あのもやのかかる薄明かりのなかで浮き出た娘。真っ赤になっていた。
馬乗りになり、首を絞めて殺そうとしてきた。今度は、俺が理を殺そうとしている。
打ちあう刃。
右へとゆけば、雀の刀がすこし遅れ止めて、左へゆけば、雀は持ち替えて止める。慌ただしさのない流れのある動き。
刀を挟んで交錯しあう、黒色と紅色の瞳。
「汚いことをするじゃねえか」
「戦場で、きれいごとは言ってられないからな。お前もそうだろう」
「そうさ。俺もさ。でも、いまのは意外」
不意に、男たちは唇のすみを歪めた。
もがいてもがいて生を掴み取る。恥をなんだという。卑怯をなんだという。
紅い瞳の男は、夏侯惇の刃を弾く。少し揺らいだ身体に、雀が襲いかかるが、放った一撃は不安定な態勢でありながらも、打ちさえぎられた。黒い瞳の男が、受け止めた刃をはねのける。そのまま、容赦のない突きを繰り出す。顔を狙った。雀の顔はそれたが、髪が、滴りが舞う。
白い肌に、赤い糸が、まとわりついた。
その時だった。刀で斬撃を受けながら、紅い瞳が大きく見開かれ、夏侯惇を見据える。血の瞳に映ったものは、くっきりと、憎悪。唇に歯を立てている。
冷たい音。初めて受けた以上に、重い斬撃が、夏侯惇の突きを止めた。短い静寂が、不意に、来る。
時が、静を求めた。
そして、不意に、破られる。