瓜獄

□恋愛保健室
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授業が終わった放課後、生徒たちが帰るまでの少しの時間。
この学校の保険医である獄寺の周りを、囲うように女子生徒たちが群がっている。
今日もその小さな保健室は、女子たちの高くて黄色い声が飛び交っていた。



「獄寺せんせっ!差し入れにジュース持ってきたんですけど」
「あっ…ずるい!私の作ったクッキーも受け取ってくださいっ」



「わ、わりぃーけど生徒からそういうの貰っちゃいけねーんだ…」



「もう先生のケチー…受け取るくらいいいでしょー?」


まったく食い下がろうとせず駄々を捏ねる女子たちに、獄寺は「悪いな」と愛想よく口角を上げる。
それでも一歩も引こうしない女子たちが、更にわがままに喚き出したとき、タイミングよくスピーカーから下校時間を知らせるチャイムが鳴った。



「チャイム鳴ったぜ?暗くなる前にみんな早く帰れよー…」



「うー…じゃあね先生!」
「先生またねーっ!」



女子たちは渋々愚痴を溢しながらぞろぞろと保健室から出ていく。
その様子を見送りながら静かにドアを閉めると、獄寺は大きなため息をついた。



「っだりー…ったく鬱陶しいぜ、うっせーんだよガキが…」



生徒の前。一応『みんなに優しい保健の先生』の肩書き。
自分で作ったマニュアル通り優しく愛想笑うのだが、まったくと言っていいほど獄寺の本心は彼女らをよく思っていなかった。
煩い彼女たちに少し付き合うだけでも気が滅入るらしい。



「そろそろか……」



本来今まで通りなら、下校時間が過ぎた直後に部屋を片付けて早めに帰宅するのだが
最近、下校時間が過ぎても救急箱を用意しながら待っておかなければならない理由ができたのだ。



ドタドタと廊下をこちらに向かって走ってくる音が聞こえる。
慌ただしいその足音は保健室の前で止まり、横開きのドアは、足音の持ち主によって勢いよく開けられた。



「痛ってー…先生早く消毒っ!」



「このバカ瓜っ…!」



獄寺から、先程の生徒とは180度違った風に荒々しく対応される瓜と呼ばれた少年。
その体には浅くも痛々しい擦り傷があった。



「また喧嘩しちまった…」



「あんだけ喧嘩はすんなっていっただろ?」



「向こうから吹っ掛けてくんだって…」



「大したこと傷じゃなさそえだけどよ…」



「あったりめーだっ!俺結構強いんだからなっ」



歯を見せて、キラっと不敵な笑みを見せる瓜を、獄寺は呆れながらぺしっと軽く叩いた。
気強く喧嘩早い瓜は、よくこんな風にケガをしてくることがある。



「ほら、さっさと傷見せろ…」



ここのところ毎日だった。
授業をさぼって学校から抜け出しては、喧嘩でボロボロになって帰ってくる。
そんなヤンチャな生徒、瓜の面倒を見てやるのが獄寺の日課になりつつあったのだ。



獄寺は救急箱からピンセットと消毒液を浸した白い綿を取り出し、瓜の頬に軽くあてる。
しみて痛がる瓜も可哀想だが、毎回それを見ている獄寺も苦しいだろう。



「バカ瓜…心配かけんな」



「ん、もう喧嘩しないっ」



もう何度目になるのかもわからない約束を交わすと、瓜はにこにこと微笑む。



「絶対にだぜ…?」



「……でもさ、俺がケガしないと先生に会えないじゃん?」



獄寺は、目をぱちくりさせながら驚くと、片眉を下げ顔をしかめながら口を開いた。
お前は俺に会うためにケガするのかとでも言いたくなる。
けれど、毎日会えないとなって困るのは獄寺も一緒だろう。



「いつでも来ればいいだろっ…授業中ベッド空いてるんだから…」



「えっ!それって先生と授業中にベッドインできるってことっ?」



「違っ、昼寝でもしとけって意味だっ…!」



「わっ…わかってるっつの…とにかくそのベッドは今日から俺専用なっ!」



それを強く主張するように、ドンっと煩く音を立てながら白いベッドに座り込む瓜。



「おう…空けとく」



こう1日中こいつが側で寝ていたら、さすがに集中できないかもしれないけど
どこかで危ない目に合ってないかとか…いつもみたいにひやひや心配しているよりはまだ安心かもしれない。
そんなことを考えて、獄寺は安堵の息を静かに吐く。



「あっ…あとさ」



ベッドから身を乗り出すと、瓜はぐいっと勢いよく獄寺の腕を引っ張った。
獄寺の体は簡単にイスから浮くように離れ、瓜に覆い被さるように重なってしまう。
びっくりして固まっている獄寺の顔を、瓜は優しく両手で包み込んだ。



「あんたも俺専用なっ」



お前ほんとにバカかよ…。



頭のすぐそこまであったその言葉は、出てくる前に瓜の唇で塞がれてしまった。



白くて清潔なベッド。
その周りを囲うカーテンをしゅっと滑らかに閉めた瓜の手は、そのまま獄寺の白衣のボタンへと伸びていった。










end

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