小さな恋物語
□むっつ
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倒れてしまってからの記憶が、少しだけ…微かに残ってる。
誰かが僕を抱えておんぶしてくれて…甘い香水の香りと、あたたかい背中のぬくもり……。
─────…
「痛…っ、ん」
目を覚ますと、そこは綺麗で清潔な部屋のベッドの上だった。
高級ホテルの一室だろうか。
壁や窓、どこにも汚れやくすみがまったく無い。
痛い頭を押さえながらそっと体を起こすと、黒いスーツを着こなした若く凛々しい男の人が、僕の様子を心配そうに見ている。
「えっと…」
「起きたか」
目を細め優しく微笑むその男性。
まるでお金持ちのボディーガードや執事でもしてそうな風貌で、がっちりした体つきだ。
こんな人、テレビくらいでしか見たことが無かったせいか思わず絶句して見とれてしまう。
「坊っちゃんが一生懸命お前を運んできたんだぜ?ちなみにあの猫の飼い主はちゃんと見つかったから安心しろ」
『運んできたんだ』
……その言葉に自分が倒れていたことを思い出す。
と同時にあの金髪の彼を思い出した。
「あっ、あの人はっ?」
「坊っちゃんは今頃もう空港だぜ?急にイタリアに帰る急用ができたらしい…それでお前を看病してやってくれ、と頼まれたんだ」
「………え」
『もうちょっとしたら日本離れるし』
出会ったころ、気にも止めてなかった言葉。
坊っちゃん……?
やっぱり彼のことだった。
彼も暑くて辛かったはずなのに、僕を運んできてくれたんだ。
そんな彼が。
優しくてかっこいい、僕の大好きな彼が行ってしまう。
「行かなきゃ……」
「もう行っても間に合わないぜ?」
「でも…っ!」
さよならくらいは……。
いや、あなたが好きってことやっと気が付いたんだ。
何が何でも伝えたい……。
「しょうがねー…俺の車乗ってきなっ」
必死な僕の思いが伝わったのか、車で送ってもらえるらしい。
そんな彼の胸ポケットの名札には『Romario』の文字。
「ありがと…っ、ロマーリオさん」
「おっ、いーってもんよ…お前の名前は…?」
「雲雀…恭弥……」
「いい名前じゃねーか、よし、車に向かうぞっ」
「うん…っ」
僕は、無我夢中で部屋を飛び出し走っていった。