第五章

□甲州勝沼の戦い、二
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土方さんが本陣を離れてから数刻が経って、私たちの状況は最悪の方向へと転がり落ちていた。 


事の発端は、新人隊士の一人が先走って睨み合いを続けていた土佐藩兵に大砲を打ち込んだ事だった。 


始めこそそれでも応戦するときかなかった近藤さんも次々に告げられる各部隊の劣勢の報せに、とうとう総員撤退の命を下したのはつい先刻の事。 


憔悴しきった近藤さんのことを当初の予定通りに斎藤さんと千鶴に任せ、私は今永倉さんと原田さんと共に各所に散った隊員たちに退避の命を伝えに走ることとなった。 


そして今。


原田さんは東回りに、永倉さんと私は西回りにそれぞれの部隊の持ち場を撤退の報せを持って駆け抜けている。 


「総員速やかに退避して下さい!!戦場は放棄します!!!」 


伝令で伝え聞いているよりも、戦場の有様は悲惨の一言に尽きた。 


しかし生きている者は確かにいるのだ。 


ならばこの足を止めることは許されない。 


この声が枯れたって叫ぶことを止めてはならない。 


一人でも多くの仲間を救う為に、私は…。 


「……東雲さん」 


掠れるような声で私を呼ぶ声が聞こえ、私は立ち止まる。 


辺りを見回し窺えば、足元に倒れる多くの仲間たちの中で僅かに動く者の気配がした。 


「っ!!?」 


慌てて駆けよれば、そこに居たのは行軍中に諍いを起こしていた若い隊士だった。 


「…すみ…ませ…。…やられて……しまい、ました」 


「何をっ…」 


馬鹿な事を言うななどと、そんな見当違いな事は口に出来なかった。 


彼の負った傷はお世辞にも浅いなどとは言えない代物だった。 


それに彼は悟っているのだ。 


最早自らに残された時間が僅かである事を。 


「…本…当に、俺は……あなたのよう、に。…強く、なりた…かっ……」 


そこで彼の息は途絶えた。 


涙の流れる目をそっと押さえて閉じさせた。 


ほんの少しでも心静かに眠れるように。 


「昴…」 


「……この付近にもう生き残っている者はいません。次の場所に行きましょう」 


私は目を伏せて耳を澄ませる。 


未だ砲撃の止まない場所が、私たちが助けるべき仲間が戦い続けている場所だからだ。 


…けれど。 


「……永倉さん」 


「あぁ…」 


永倉さんもこの変化に気が付いたらしい。 


…いつからだ? 


一体いつから…砲撃が止んでいた? 


砲撃が止んだという事は他の場所に散っている隊の皆が全滅してしまったという事だろうか? 


けれど…流石にそこに至るのには早すぎる筈だ。 


ならば一体何が? 




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