第三章
□明かされる、三
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永倉さんに連れられて、先程飛び出した広間へと戻って来た。
大丈夫だと言う永倉さんの言葉を胸に思い切って広間の襖を開ける。
開け放った瞬間にその場の視線が一気に集まり、思わず半歩体を退いていた。
しかしその時そっと永倉さんの手が私の背中を支えてくれて。
私は一つ呼吸を整えてからその場に膝を付いて座り込み、そして…。
「申し訳ありません」
深く深く頭を下げる。
「お千の言う通り……私は今まで自らを男と偽っておりました。……私は、女です」
喉の奥の方が引き攣って思うように声が出ない。
けれど私は言葉を続ける。
「謝って済むものとは考えていません。どのような処罰も覚悟しております…っ」
情けない。
ここまで言っておきながら、やはり私の声は震えた。
この先に待つものの影が、ひたすらに恐ろしかったからだ。
頭を下げながら、ぎゅっと目を固く閉じる。
「…頭を上げろ、東雲」
土方さんの声がした。
固まった体を奮い起こし、なんとか上体を上げる。
じわりじわりと視線を上げて、今ほど声がした方を漸く見れた。
そこにはやはり険しい顔をした土方さんが居た。
しかし私が予想していたよりも、その人の表情はずっと大人しかった。
いつもの、あの眼差しだけで人を殺せるんじゃないかと錯覚するほどの睨みはどこにも無い。
むしろ…、なんだか。
「知ってたさ。お前が女だってことは、最初からな」
「!?」
「…本当か?トシ」
私は勿論土方さんの言葉には驚いている。
そして私の後ろに居る永倉さんも息を呑んだのが聞こえて、更には土方さんの隣に居る近藤さんですら驚きの表情をしている。
「あぁ。…最初はどこぞの密偵なり間諜なんだと疑っていた。こいつが俺たちの前に現れた時期が時期だったからな。その内尻尾を出すだろうと踏んでいたんだ。…まぁ結果、こいつに出す尻尾も何も無かったんだがな」
「…密偵ではないと判断した段階でどうして本当の事を言わなかったんだ?東雲君は女性で…、隊士としての任は危険を伴うものなのに…」
近藤さんの優しさに涙が出そうになった。
こんな私の事を、それでもこの人は気を遣ってくれているのだから。
「…惜しいと思ったんだ」
「…?」
「女だって理由だけでお前くらい使える奴を手離しちまうのが…、惜しいと思っちまったんだ」
「……土方さん」
まさかあの土方さんが、そんな事を思っていたなんてとこれにも大層驚かされた。
だってあの鬼の副長が…、自分にも他人にも厳しすぎるほどのこの人が。
私の事をそんな風に見ていてくれたのかと知って驚かずにいられるだろうか?
「あ〜…、この際だから言っちまうけどさ。…俺も気付いてたぜ?」
小さく手を上げながらそう言ったのは原田さん。
「あ、僕もなんとなく気が付いてましたよ?」
続けて手を上げる沖田さん。
「同じく…」
更に追い打ちとばかりに山南さんが手を上げた。
「…けれど土方君が何も言い出さないので、暫く様子を見ていたのですが。そういう事でしたか」
山南さんが一人納得顔で頷いた。
それを見ていた沖田さんもそれに同意するように頷いている。
すると何を思ったか、原田さんがすっと立ち上がり座り込む私の方へ歩み寄ってきた。
「まぁ…お互いに腹の内を黙ってたってことでここは一つ手打ちにしねぇか?」
原田さんは困ったような笑みを浮かべている。
…いいのだろうか?
そんなことでいいのだろうか?
本当に私は不問に伏されていいのだろうか?
「ほれ、いつまでもこんなとこで座ってねぇでこっちに来いよ。お前が居ないと兎に角話が進まねぇんだ」
あっという間に手をとられ、その手を引かれるがままに中へ足を踏み入れる。
永倉さんも何やら複雑そうな顔をしているが広間の中へ入り。私の隣に腰を下ろす。
そこで漸く気が付いた。
「…千鶴は?」
「一人で考えたい事があるからって…お部屋に行ったわ」
お千が答えてくれた。
けれどお千は私と目を合わせてくれない。
「お千…」
びくりとお千の肩が揺れた。
「ありがとう…」
ゆっくりと向けられる顔。
その表情は驚きに満ちている。
お礼を言いたかった、彼女に。
本当の事をいつまでも言えなかった私の代わりに、皆に真実を話してくれた。
どんなに恐かったことだろう?
そんな恐い思いまでして私の事を解放してくれたお千に、ただ一言だけでも感謝の言葉を送りたかった。
お千は私の気持ちを知ってか知らずか、今にも泣き出しそうに顔を歪めて首を小さく横に振る。
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