第三章
□閑話、斎藤一・藤堂平助
1ページ/2ページ
<斎藤 一>
今日は風が強い日だ。
ざわざわと桜の枝が大きくしなり、その先に付けた花々を一気に散らせていく。
(…もう何度目であろうな、京の桜を見るのも)
「斎藤さん…っ」
風の中に紛れるほどの声だった。
振り返れば息を切らしてやって来ていたのは、東雲 昴…。
そんなに慌てている様子を見れば一体此処へ何をしにやって来たのかはすぐに分かった。
「…本当に行ってしまうのですか?……どうしてっ?」
「……語る義理は無い」
そう跳ね除けるようにして言えば、東雲は酷く傷ついたような表情を浮かべた。
しかし…、それも長くは続かなかった。
「そう…ですね。失礼致しました」
すぐに東雲の表情はいつもの冷静なものに変わった。
…しかし詰めが甘いのは、声が震えてか細くなっている所だ。
隠しきれていない心情の揺らめきに、俺はふっと溜息を吐く。
(こういうこいつの分かりやすい所は会った頃から変わらんな…)
そうして思い出す。
初めて会った頃の事を…。
新選組に加えてくれと言っていた時も、確かそんな風だった。
すぐ隣に迫っていた死への恐怖を必死で押し込めながら懸命に声を張り上げ、けれどその細い肩は確かに震えていた。
正直…すぐに死ぬと踏んでいた。
しかしこいつは今もまだ生きている。
いくつもの戦場を駆け回り、幾人もの敵を切り伏せ、何人もの仲間の死を乗り越え。
その度こいつは震えていた。
そうして震えながら今も生き続けている。
「変わらないものなど…この世にはないと思う」
「え…?」
「世情も思想もそして人も…変わる事が常なのだ」
「変わってしまったから…、斎藤さんは此処を去るのですか?」
桜を見上げていた視線をここで初めて東雲へと向ける。
困惑に満ちた目をしているがその視線が俺を離すことは無い。
「変わる事が当たり前の世の中だが、変わらないものは確かにある。…そして俺は、変わらないものこそを信じている」
変わらないもの…、東雲の口元がそう動いた。
「だから…、お前は変わるな」
俺がそう言葉を投げた瞬間、一際大きな風が吹いた。
そして投げた言葉は東雲に届くことなく、花びらと共に天高く舞い上がって行った。
「新選組の事は頼んだぞ…東雲」
今度の言葉はすんなりと東雲の元へ届いたらしい。
東雲の瞳がゆらりと揺れた。
くっと唇を噛みしめながらも、そいつは小さく頷いて見せた。
しかし相変わらずの震える肩に、俺は背中を向けながら密かに笑みを零した。
.