第二章

□閑話 山南敬助 其の二
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屯所が壬生村より西本願寺へ移転してから、早くも三か月が経とうとしていた。
 
凍てつく時分は随分と遠く、暖かな春を越えて、季節は夏を迎えようとしている。 

以前は何とも思わなかったのに…。


(太陽が憎いなどと思う日が来るとは、思いもしませんでしたね…)
 

空高く輝く光の源を見ることも叶わず、目の前の日陰と日向のくっきりとした境目をじっと見つめた。
 
無論、こちらが日陰側。
 
そして…。


「山南さん」


「おや、東雲君」
 

明るい日向側から現れた来訪者の名前を呼んだ。
 
今日も変わらず礼儀正しいその子は、小さく頭を下げる。


「どうかしましたか?」


「お食事をお持ちしました」
 

そう言って、おにぎりと味噌汁が乗ったお膳を差し出される。


「ありがとう。…君が持ってきて下さるなんて珍しいですね」


「千鶴が土方さんにお遣いを頼まれてしまったので、代わりに私が」


「そうですか」
 

もう一度お礼を言いながらお膳を受け取る。
 
用件が食事を運ぶだけならこれで立ち去っても問題ないだろうに。
 
何故か東雲君はそこから動こうとしない。


「…まだ何か?」


「あ…いえ。山南さんとお話しするの、なんだか久し振りだなって思って」
 

言われてみれば確かにそうかもしれない。
 
あの夜の出来事をきっかけに屯所の移転が急に決まり。
 
引っ越し作業に追われながらも日々の仕事を疎かにするわけにもいかない。


「忙しそうに走り回っている姿をよく見かけました。毎日ご苦労様ですね」


「えっ?あ、そんな。…走り回っていたのは主に屯所の中で迷ってたりしていたせいで」
 

東雲君は気まずそうに俯きながらもごもごと口籠る。


「随分と広くなりましたからね。仕方ありませんよ」


「…いえ。それを差し引いても私の方向音痴さが酷いんです。……そのせいで永倉さんにもよくからかわれてしまいますし」
 

からかわれることが余程悔しいのか、からかっている本人が目の前に居ないのにも関わらず不機嫌そうに眉を寄せた。


「まったく大人げないというか何というか」






『可愛げがねぇというか何というか』






不意に、不貞腐れたように呟いていた永倉君の横顔を思い出す。
 
それは今まさに不機嫌そうに零していた東雲君の姿に被り、思わず笑ってしまった。


「…あの、山南さん?」


「あぁ、失礼。ちょっと思い出し笑いです」


「思い出し…?」


「私が薬を飲んだ夜の次の日に、永倉君が私の所にやって来たんです」


「?」
 

いまいち話の要領を得ていない東雲君は首を傾げる。


「君にも随分酷いことをしてしまいましたから、てっきり殴り飛ばされるかと思ってたんですが」


「殴っ!?」


「まぁそれは無かったんですけど。文句は言われましたね、きっちりと」




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