厳しめ小説

□のち、始まる
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ポケットの中のスマホが…ブーっと振動する。
もう…何度目の呼び出しだっただろうか。
相手は確認しなくても、誰だかわかっていた。
出れない。出てはいけない。
振動がなくなったのと同時に…そっと瞳を伏せたーー…。


「……き!ねぇ、晴希ってば!!」
呼ばれた声に、はっと顔をあげる。
俺の顔を不思議そうに覗き込む真奈に…そっと苦笑した。
「…え?ああ、何だっけ?」
「…。何かあったのか?今日の晴希…何だか抜け殻だよ?」
「……。」
抜け殻…か。
何だか…今の自分にすごくぴったりな言葉だと、思わず自嘲してしまった。
この夏…トロピカルランドが、ウォーターパレードを催すという事で(園子さんが貰った特別招待券を携え)かあちゃんと龍馬、真奈を連れて遊びに来ていた。
夏休みのトロピカルランドは流石に混んでいたけれど…気分が乗らない自分には、丁度いいと思った。

「はぁ!?何それ!!晴希と新一くんが…蘭の知らない所で会っていたですってええ!?」
「しーっ!!そ、園子ったら、声がデガイ!晴希に聞こえちゃう!!」
少し離れた所で…かき氷を食べながら、かあちゃんと園子さんが会話をしている。
しっかり聞こえてるっつーの!と思いながら…俺は、聞こえない振りをして、その場を離れた。
かあちゃんと園子さんは、まだ何やらこそこそと話しを続けている。
そんな二人から目を逸らした途端、重いため息が零れ落ちた。
「…。晴希…お父さんと…会ったのか?」
真奈にもしっかりと聞かれたようで…俺は、苦笑しながら小さく相槌を打った。
「…それで?どうしたんだ?」
「どうしたんだって…別にどーもしねぇよ。」
「…お父さんと、会ってはいけない決まりだったんだろう…?もしかして…晴希が悩んでいたことって…」
「だー!もう!んな事どうだっていいだろ!?なんで、そこまで…俺に構ってくんだよ!?」
「…何でって…気になるからだろ!!?」
「…は?」
「晴希のことが…好きだからーー…」
ドクン…。
乱れた心音が、響く。
頬を赤く染めて俯く真奈に…何も言えなかった。
「お待たせー!!」
そうしているうちに…龍馬がトイレから戻ってきた。
「いやーランド広すぎて、トイレに行くだけで大変だわ。」
「…って。お前、おっさんかよ。」
「で?で?次、何乗る?」
嬉しそうにパンフレットを広げた龍馬をよそに…真奈がそっと口を開いた。
「…ごめん。ボク…少し疲れたから休んでくる。」
「へ?」
何だあいつ?と、目を丸くした龍馬をよそに…俺は立ち去る真奈の背を見つめた。
「…晴希…?真奈ちゃん、気分が悪いってどっか行っちゃったけど…何かあった?」
かあちゃんの言葉にはっと我に返る。
「…い、いや、何も。」
「そう?今…真純ちゃんが少し体調悪いから…暫くうちで預かるって話しが出てるの。だから、喧嘩なんてしないでね?」
…げ。マジかよ。
思わず…そう言いそうになった口をそっと噤んだ。

:::::::::

家に帰って…暗転したスマホを眺める。
鳴るたびに、哀ちゃんの顔を思い出すから…それが辛くて電源を切った。
だから、鳴らないのは当たり前なのに…自分はこうして、一体何を待っているのだろうかーー…。

「…晴希、お風呂あいたよ?」
そう言いながら…真奈がリビングにやってくる。
ああと返事をしながら…俺はスマホをポケットに仕舞い込んだ。
そんな俺の横に、ちょこんと真奈が座る。
沈黙が…少し重たかった。
「なぁ、真奈。」
「ん?」
「いつから…?」
「え?」
「その…俺の…こと。」
そんなデリカシーのない質問に、真奈が、苦笑する。
髪の毛を拭きながら…真奈がそっと口を開いた。
「晴希はさ、女心にはいつも敏感だろ?だから…気づかれてるのかと思ってた。」
「……。」
「それか…ボクは女として…見られてなかったの、かな?」
「……ごめん。」
「ええ?それは…肯定されたってこと?」
にっこりと真奈が笑う。
辛い筈なのに…真奈は穏やかに笑っていた。
「知っていたよ?晴希に…好きな人がいること。女の子に告白とかされても、全部断ってたからさ。」
「……。」
「…誰?晴希の…好きな人…」
その言葉と共に…赤茶色のセミロングの髪が浮かび上がる。
ずっとずっと傍で見たきたのに…もう今は…こんなにも遠くてーー…。
「……もう…関係ねぇよ。」
「……え?」
「好きとか…もうそんな事思える…次元じゃなくなった。だから…諦める。」
「晴…希…」
ソファから立ち上がった俺の腕を、真奈がそっと掴む。
そんな行為に…再び心臓がドクリと音をあげた。
「じゃあ…じゃあ………まだ…勝手に想っててもいい、か?」
「…え…」
そう言った真奈がいじらしく思えて…思わず、笑ってしまった。
「……男に興味があるのか心配してたから…ちょっと安心した。」
「な、なんだよ、それ!」
「まー趣味はいい方なんじゃねぇの?」
「はぁ!?言ってろよ、晴希!!」
思い切り殴られそうになったのを、間一髪で避ける。
真奈の笑顔に…少し救われた気がした。
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