厳しめ小説

□のち、恋をする。
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起きたら、誰もいない。そんな生活にも、ようやく慣れてきた。
孤独が嫌なら、実家である工藤邸で住む選択肢もあったのだが…向こうは向こうで行きづらいものがあった。
第一、こんなおちぶれた姿…誰にも見られたくない。
だから、ここで暮らしていくと決めた。
蘭と結婚生活が始まって、二人で選んで借りたこのマンション。
そして、いつしかその生活がダメになって、別れたこのマンションでーー…。

激しい雷鳴と共に、急に雨が降り出したから…干してあった洗濯物を急いで取り込んだ。
ついでに、散らかったテーブルの上も片づけようと思って、飲み忘れていた缶ビールをぐっと飲み干す。
ぬるくて、とてもまずかった。
一人じゃなければ…愚痴の一つも言えただろうに。
何となくテレビを付ける気にもなれず、激しい雨音を聞きながらごろんと寝そべる。
夢を、見た気がした。
さっき目覚めた時…一瞬だけど、蘭と子供が居ると錯覚してしまっていたからだ。
幸せな頃の夢なんて、見るだけ虚しい。
普段は出来るだけ考えないようにしているものの…きっと無意識に求めているのだと思った。
22歳の時に蘭と結婚した。
大勢の人に祝福されて、何もかも順調で幸せだった。
幸せ過ぎて怖いくらいだった。
その一年後、男の子を授かった。俺たちは、名前を晴希(はるき)と名付けて…とても可愛がった。
将来は、俺の後を継いで名探偵にしたいと思っていたが…蘭に直ぐどっかいっちゃったら困るから止めてと怒られた。
晴希が産まれてからは、とても慌ただしくて…生活は一変した。
蘭は、夢を叶えて弁護士になったが…晴希を身ごもってからは、子育てに専念したいからと勤めていた弁護士事務所を辞めた。
子供を保育園に預けて、働きに行く事に少し抵抗があったようだ。
蘭が働かなくても、俺の収入で十分生活は出来ていたし、資格さえ持っていれば、復帰は簡単だからと蘭はそう言って笑った。
俺もその事に賛成した。
けれど、今思えば…その瞬間から、俺たちは、軋んでいったのかも知れない。
蘭が家に居てくれる安心感から、俺は気兼ねなく探偵業に専念できた。
依頼内容によっては、帰れない日も多かったし、家事・育児も手伝う事ができなかった。
だって、俺が働かないと、生活が出来ない。蘭も…その辺は、理解してくれているものだと思っていた。
けれど…それはとんだ思い違いだったという事に…直ぐに気付かされる事となった。
それは、晴希が4歳になる誕生日の朝だった。
仕事に出かけようと慌ただしく用意をしていた俺に、蘭がそっと尋ねた。
「また…今日も遅くなるの?」
「え?あ、ああ。いつも悪ぃな。先に飯食って寝ててくれていいから。」
「今日は…晴希の誕生日でしょう?」
「ああ、勿論覚えてるよ。でも…今は、厄介な事件で、少し立て込んでんだ。誕生日会はまた…日を改めてくんねぇかな?」
「ーー…事件事件事件事件。新一の頭には、事件しかないの?!」
「はぁ?!んな訳ねぇだろ!!俺が働かなきゃ、誕生日ケーキやプレゼントだって…何も買ってやれねぇだろうが!!!」
「分かってるよ、そんな事!!!だから…今までずっと我慢してきたじゃない!!?」
「我慢?何の我慢があんだよ?!健康な体があって、住む家があって、子供がいて、金に困んねぇ生活して…それのどこに不満があるってんだ!?」
「違う!!私は、そんな事を…言ってるんじゃないよ!!!」
「だったら、何だよ!?」
「ーー…もう、いい。」
晴希が泣きそうになった事に気が付くと…蘭は、晴希を幼稚園へと送りに出て行った。

そこから…
離婚の話しが出るまで…そう時間は掛からなかったーー…。

::::::::

“晴希には、二度と会わせない。”
慰謝料を取らない代わりに、突きつけられた条件がそれだった。
そんなの無理だと思った。
裁判でもして戦おうと思ったが…あっちは、弁護士である。
争っても無駄だと…思い知るしかなかった。
子供に会えないのは、蘭を酷く傷つけた代償だとお義母さんに強く言われた。
娘は、夢を叶え弁護士になったのに、それを諦めてまで、育児に専念した。なのに父親である自分はどうか?事件ばかりで、家事・育児の負担を全て妻である娘に負わせている。その後のフォローも全くないと聞いた。それでは、余りにも娘の置かれている状況が過酷すぎる。それ程、娘は憔悴し疲れきっているのだとも…言われた。
そこまで言われてしまっては…返す言葉がなかった。
こうなる前に、何か手段はなかったのかと、後悔した。
蘭と晴希が居なくなった部屋に帰るのが、毎日毎日苦痛だった。
酒に逃げて、時には荒れ狂った。
仕事も休みがちになった。
もう人生どうでもいいやって、家に引きこもっていた日も多かった。
けど、生きなくちゃならなかった。絶望したからと言って、死ぬ事など出来やしない。
生きていたから…時間が癒してくれた。徐々に立ち直らせてくれた。

そして・・・気付けば離婚が成立してから、5年が過ぎていた。

晴希は…今年で10歳になるーー…。
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