厳しめ小説

□のち、その恋は
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ーー…必ず、蘭を見つけ出す。
そう思っていたのに…あいつがどこへ行ったのか見当もつかなかった。
離れてしまった心は、簡単には修復できない。
それを思い知らせるかのように…時間だけが、刻々と過ぎていった。

不意に…脳裏に浮かんだ一つの光景。
それは、まだ離婚する前によく遊びに行った海岸だった。
まさに不幸中の幸いと言ってもよかった。
その海岸の横にある崖に、蘭の姿を発見した時…ほっとした思いと、助けなくてはという思いが…複雑に交差した。

「らあああああああん!!!」
崖から飛び降りようとした蘭の腕を寸での所で掴んで引き寄せる。
蘭の身体が小刻みに震えていた。
「…っ…離して、新一!死なせて!私・・・私はーーーー…」
「離させねぇよ!!!死んでどうなるんだ!?晴希はどうすんだ!?俺は・・・!!!」
「だって、だって…こんな…汚れた私…」
「…どんな事があろうと、何が起きようとも…オメーは、晴希の母親だ!!俺の息子を生んでくれた、たった一人の女だ!!だから…だから…」
「新・・・・・一・・・・・・・」
そのまま眠りについた蘭をよそに…俺の瞳には、灰原の姿が映っていた。
(……っ…はい…ばら…)
蘭のことを心配して、晴希と共にこんな所まで来てくれた灰原。
来てくれて良かったって…このまま一緒に居てくれって…そう言いたかった。
だけど…灰原の悲しい背は、何も言わずに俺から離れていく。
いつもこうだ。
大切な者を、傷つける。
こんな酷な形でーー…。
「……ら…灰原…………」
行かないでくれ。
やっと出てきた情けない声は…崖に打ち付ける激しい波音に、悲しく掻き消された。


近くの病院に蘭を運ぶ。
そこの医師から、ストレスなどからくる精神的疲労だと告げられた。
病院のベッドに横たわる蘭に目を向ける。
こんな時も…そっと思い浮かぶのは、灰原の姿だった。
ごめん、灰原。ごめん。
何をどう謝っているのか。
自分でも…もう分からなかった。
「…ん……っ…」
「……っ!!?蘭…気が付いたか!?」
目を開けた蘭に近づく。
「…し……新……一……?」
「良かった、待ってろ!今、先生を呼んで…」
「……どうして…まだ……居るの?」
その問いにはっとする。
足を止めた俺は、そっと蘭に目を向けた。
「どうしてって…何でそんな事ーー…」
「……だって…新一が居たいのは、私の所じゃないでしょう?」
「……っ…」」
「分かってる。ごめんね?迷惑を掛けちゃって…もう、大丈夫だから。」
力なく…そう答えた蘭に、俺は拳を握りしめた。
「…大丈夫な訳、ねーだろ?」
「……。」
「…居るよ、ここに。」
蘭に背を向けながら言った。
その言葉は、責任からだったのだろうか。
「……それ…心の底から言ってるの?」
「……。」
「辛くなるから……優しく…しないで。」
蘭の言葉が胸に突き刺さる。
その刹那…晴希が病室へと入ってきた。
「ーー…かあちゃん……!」
俺にちらりと目を向けると…晴希は、蘭に駆け寄った。
「何やってんだよ!!一体どういうつもりだよ!?」
「……晴希…晴希…ごめんね、ごめんなさい…」
「ーー…ごめんじゃねーよ!あんな事しといて!!かあちゃんに死なれたら…俺はどうすればいいんだよ!!!?」
晴希の肩が…僅かに震えていた。
「………俺、かあちゃんのとこへ帰るよ。」
その言葉に…俺は思わず目を見開いた。
「夏休みは…もう終わった。だから、帰るよ。もう…どこにも行かない。」
「……はる、き…」
刹那…外は、ざーっと夏の終わりを告げる激しい雨が降り出した。
「………。そう言えば俺さ。まだ一年の頃…雨って嫌いだったじゃん?雨降る度に服汚して、泣いてさ…」
「……ふふ、そうだったね。何だか懐かしいね…」
「でもさ、一瞬だけ…ほんの一瞬だけ…雨が好きになる時があったんだ。それは…かあちゃんが傘を持って…迎えに来てくれた時。」
「……。」
「こんな風に急に雨が降った日は…“晴希が傘を持っていないかと思って”って…仕事の合間を抜け出して必ず迎えに来てくれたよな?俺、そん時だけ…雨が好きだった。」
「ーー…。」
蘭と晴希が…仲睦まじく傘を差しながら、帰路を歩く姿が目に浮かぶ。
きっとこんな風に…蘭と晴希は、俺の知らない年月を温かくも共に過ごしてきた。
「これからは、俺がかあちゃんを迎えに行ってやるよ。あのあったかい思い…今度は俺がかあちゃんに届けてやる。」
「ーー…晴希…ありがとう。」
幸せそうに…蘭が涙を流す。
全てを救いたいという晴希の思い。
その思いを噛み締めながら…俺は病室を後にした。
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