Novel for all

□世にも幸せな恋人たち
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「あら、マリーナじゃない!」
クレイのお母さんがいつもの調子で声を掛けた。
扉の向こうに立っていたのは、気まずそうな顔でうつむくマリーナだった。
気まずそう、というか気まずいと言った方が正しいのかもしれない。
マリーナはクレイのお母さんの言葉にペコッと軽く会釈した。
しかし、わたしの顔を見向きもしない。
ちょっと前なら喜んで迎えられるはずだった。
でも、今はちがう。内心すごく複雑。
なんで?
なんでここに来たの?
聞きたいことはあるのに、言葉が宙をふわふわと舞うだけだった。

「んだよ、話してぇことがあんじぇねぇの?」
マリーナを連れてきたトラップが口を開いた。
きゅっと唇を噛むマリーナ。
「…あら、いけない!そういえばおじい様がそろそろみえる頃だから…パステル、ちょっとここを外すわね」
「あ、はい」
わたしたちを察して、クレイのお母さまは部屋を出て行こうとした。
トラップの腕を掴んだまま。
「ちょ、あんだよ?」
「トラップ、あんたにやってもらいたいことがあるの」
「はぁー?こっちは招待されてきてんだぜぇ」
「なに言ってんの!トラップはアンダーソン家の一員みたいなもんなのよ?」
「ちぇっ…相変わらず強引だな、クレイのかーちゃんは」
「ふふ、じゃあ、マリーナ。来たそうそうごめんなさいね。パステル、後で迎えに来るわね」
「あ、はい」

バタン!

控え室には、わたしとマリーナが残された。
ベールの下からマリーナをちらっと覗いてみた。
グラマーな体にふわっとした黒のドレス。
たった一年会わないうちに、マリーナは前よりももっと綺麗になった気がする。
キュッとアップにした髪型も色っぽい。
そんなことを考えていると不意にマリーナと目が合った。
「……っ」
思わず目をそらす。
「…おばさまったら、気をきかせてくれたみたいね」
一人ごとのようにマリーナがつぶやいた。
「う、うん…」
反応はしてみるけれど次につながる言葉が出てこない。
「パステル…とっても綺麗。そのドレスよく似合ってる」
「あ、ありがとう!これ、クレイのお母さんが着たものなんだ」
そうなの。
わたしが着てるウェディングドレスはクレイのお母さんから譲り受けたものなのだ。
クレイのお母さんって背が高いからわたしに着れるかなーなんて思ってたんだけど、ちょっとだけお直ししたらちゃんと着れたんだよね。
ビスチェだからちょっと胸元があいちゃって恥ずかしいんだけど、クラシックなレースが至る所に施されたAラインのドレスは、自分でもため息が出るくらいにかわいいものだった。
「パステルったら…クレイのお母さんじゃなくて、今日からパステルのお母さんになるんだから」
その言葉にドキッとする。
もう気づいてると思うんだけど、わたしはクレイと結婚することになった。
と、言うより…今日がその結婚式当日なんだ。
「おめでとう、パステル」
そう言って微笑むマリーナを直視できないわたしがいる。
その理由は―――今から一年前にさかのぼる。
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