Novel for all

□ヒミツのクレイちゃん
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ハチマキの要領で額の周りに紐を縛る。
ギュッ、と紐を結わく手に思わず力が入った。
鏡に映る自分の姿をまじまじとみつめた。その姿はいつもと全く変わらない。
量の多い黒髪と、鳶色の瞳。
髪を軽く整えると、思っていたよりも髪が伸びていたことに気づく。
そろそろ、パステルに切ってもらわないとな。

ふとそんなことを思ったとき、急に心臓の奥を掴まれたように息苦しくなった。同時に心拍数も跳ね上がっていく。

「はぁ、…っ」
なんとか呼吸を整えて再び鏡に向き直る。

そうだ、もう一回シミュレーションしておいた方がいいかもしれない。
昨晩から何度も何度も練習して言葉は完全に頭に入っているとは言え、成功のためにも予行練習は必要だろう。

えっと、横にパステルがいるとして……。
クレイは想像の中で片思いの相手を思い描いた――。



シルバーリーブのはずれにある公園。
パステルと歩くおれ。
何となく話しながら歩いていると、そのうちに会話が途切れる。

『えっ…ク、クレイ?』
不意に手を握ると、パステルは驚いたような戸惑った表情を浮かべる。
そんなパステルを優しく見つめ、おれはそっとささやく。
『好きなんだ、パステル』――……

うーむ。

鏡に映る表情に納得がいかない様子のクレイ。

何度も練習したけど、この台詞のおれの顔、ちょっとキザっぽいよなぁ…。
じゃあ、ちょっと軽い感じで…。
『パステルのこと、好きかもなぁ。パステル、おれってどう?』
いや、いくらなんでもくだけすぎだよな。
や、やっぱり男ならストレートにいかないと。
『パステル…す、好きだ!』
…よし!これだ!

そしてパステルは一瞬びっくりした顔をするが、少し照れながら呟く。
『…わたしも』――…


……よし、完璧だ!

些か強引な設定ではあるが、あくまでもクレイ自身の妄想であることをお忘れなく。
しかし、彼の妄想はとどまることを知らず、あらぬ方向へと暴走していた――。



そしてパステルは何かを訴えかけるような瞳でおれを見つめた後、静かに目を閉じた。おれを受け入れる合図。
そして、おれはパステルの桜色の唇に自分の想いを伝えようとした――。



妄想のはずだが、あまりにリアルな妄想に顔が自然とニヘラァと緩んでしまった。
さっきまでの気合いの入った顔とは打って変わり、だらしのないファイターの顔が映っていた。


はっ!

クレイは我にかえると、自分の両頬をぱん!と両手で打った。

何やってんだ、おれ…。

ふぅ、とため息をついて再び鏡に向き直る。

『何をしとるか!女相手にうつつを抜かしおって!』ふと、おじい様の声が聞こえた気がした。

うわっ、も、申し訳ありません!

一人鏡に向かってペコペコと頭を下げるクレイ。
端から見ると、一見何をしているのかは全く持って不明だ。
しかし、これでも彼は妄想の中でも厳格なおじい様にお説教をくらっているとこらなのだ。
妄想もここまでくると危険な領域だが、ここは恋する乙女心ならぬ男心に免じてあえて深くは追求しない。
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