Novel for all

□bitter taste
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「…クレイ…」
胸が高鳴るのに、なぜかわたしの心の中は複雑だった。

「何してるんだ?こんなとこで」
のんきそうにクレイはわたしを見ている。
思わず顔が赤く染まっていくのがわかった。
「ク、クレイこそ…」
強張ったまま、わたしはそう答えることしかできなかった。
な、なんでこんなときに会っちゃうの…?クレイには特に内緒で作りたかったのに。ほんとに、今日はついてないのかも。
べ、別にクレイが嫌いなわけじゃないんだよ!?
その証拠に、わたしの心臓は今にも飛び出しそうなくらいにドキドキしている。「いや、パステルの部屋の前を通り掛かったらベッドにいなかったからさ。徹夜明けで疲れてるはずなのに寝てないなんて、変だろ?」
そう言って鳶色の瞳をわたしの方に向けた。
またしても胸がドキンとなる。
うー、この瞳にわたしの気持ちなんて見透かされてるんじゃないのかな。
「そ、それってわたしのこと心配してくれてるってこと?」
思い切って聞いてみた。
「うん。パステル、昨日ずっと寝てなかったみたいだし」
…あ、クレイって常にみんなのこと心配してくれてるんだよね。やっぱりわたしも、パーティの一人として心配してるってこと?
そ、そんなことあたり前じゃない!あー…変に期待しちゃった。
「探しに外出てみたら、猪鹿亭の奥の方から光が見えて……もしかしたらリタと一緒にいるかもって思って覗いたんだけど」
そう言うと今度はまな板の上に置かれた刻みかけのチョコレートに目をやった。あ…。
その瞬間、胸がきゅっとつかまれたような気持ちになった。
どうしよう、ばれちゃったかも。でも、もしかして、もしかすると今言うべき!?そりゃ、今はチョコはないけど…このシチュエーションなら言うしかないかも!
わたしが一人意気込んでいると、クレイは
「こんな時間までチョコ作ってたのか?もしかして、おれのために…?」
そうやってちょっと遠慮がちに聞いてきた。
「そ、そうなの!」
「…それよりも早く寝なきゃだな。パステルはみんなのために頑張りすぎるんだから……」
と間髪入れずにさらっと言った。
「今日じゃなくたって、構わないだろ?」
その言葉はわたしを深く突き刺した。
クレイの優しいところが、誰よりも好きなのに。
クレイはいつもわたしやみんなのことを心配してくれてる。
それもわかってる。
わかってるんだけど…。
わたしの身体のなかで何かがガラガラと音を立てて崩れた。
じわっと涙で視界が歪み、わたしの頬を伝った。
それはあとからあとから溢れて止まらなくなってくる。
「え、ちょっ、パステル!?」
クレイが心配そうな顔をして近づいてきたのが涙で滲んだ向こう側に映っている。
今日こそ伝えたかった。
一生懸命作ったチョコを渡して、気持ちを伝えたかったのに。もう…。
思わず俯いた。涙はせきをきったように流れ出している。
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