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□プロローグ編
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「はぁっ!」

剣を持った右手に、肉を引き裂く重い感覚が伝わる。
ガルムさんが鋭く息を吐きながら僕の眼前で魔獣の身体を叩き切って、どす黒いナニかで視界が覆われる。

「やっ!」

ヴィリさんが倒した魔獣が血しぶきをあげて、戦闘が終わったこと僕に告げた。

「はっ、はっ」
「エイル君?大丈夫?」

はい水、と座り込んだ僕の眼前に水筒が差し出された。感覚のあまりない手で受け取る。

「あ、りがと、ございます。」
「もしかしてリアル魔獣討伐は初めてかな?気持ち悪くない?」
「討伐くらいシミュレーション訓練でやっただろう。」
「ガルム、向き不向きあるんだから・・・。」

フォローしてくれているヴィリさんには悪いけど、ガルムさんの言うとおりだ。
確かに映像でもみたし、実際の対処方法だって習った。擬似魔獣の討伐訓練もした。でも、

「実際の魔獣を切るのは初めてで・・・。」

肉を絶つあの感覚も、魔獣の血のにおいも、あの黒いような赤いようなナニかも、

「・・・。」
「・・・そんなことではこれからの仕事に支障がでる。」
「す、すいません・・・。」

怒られてしまった・・・。
ヴィリさんがガルムさんをひじで突いているのを視界の端に捕らえながら、擬似魔獣だけじゃ不足なんだと実感した。
足を引っ張ることはできない。特殊任務だってある、なにが何でも慣れないと。

「あ・・・っと、時間だ。そろそろ戻らなきゃ。」

端末を操作して電子音を止めたヴィリさんが、僕の目を見て「立てる?」と聞く。
もたついている僕を見てため息をついたガルムさんに突然、

「うわっ!?」
「暴れるな。」

担がれた。そしてそのまま帰ることにがガルムさんの中で決定したらしい。すたすたと歩き始める。
その後ろからヴィリさんが追いかけてくるのが見える。くっくっと笑いが聞こえてきた。恥ずかしいですやめて。

「すいません・・・。」

担がれたまま謝ったら(謝ってばかりだ)「・・・ふらついていては危険だろう。何より帰還に時間がかかってしかたがない。」と返された。
表情は見えなかったけど、多分呆れてるか怒ってるかどちらかだろう。






「お疲れ様です。次の任務の予定は明日午前9時、エルムトで魔獣討伐です。」
「りょーかいっ。部屋戻って良いんだね?」
「はい。」

受付(ヴィリさん曰く無愛想な)の前を離れ、まだ感覚のない脚を叱咤しながら居住エリアに歩を進める。

「エルムトまではちょっと遠いから、明日早起きになるよー。」
「あ、はい、わかりました。」

おつかれー、という声と共に振られたヴィリさんの右手が、扉の向こうに消えた。
僕もタッチパネルを操作して、端末が高い音をたてるのを確認してから自分の部屋に入った。まだほとんど家具がない部屋をざっと見渡して、嘆息する。

「さみしー・・・。」

寂しいと独り言も増えるのだろうか、気をつけなければとは思うけど、そう簡単に直るものでもないだろう。
とりあえず血のにおいが付いた服を着替えることにする。吐きそうだし、染みが残ったら嫌過ぎる。
安価で手に入りやすい戦闘服とはいえ、あまり数を揃えていられるお財布事情なわけではない。初給料はまだだ、節約節約。
キッチンからコップとペットボトルを持ってきて、ベッドに座る。
一口だけ水を飲んでから、端末の地図を操作した。トレーニングルームに行きたい。
・・・そんなことではこれからの仕事に支障がでる、か。確かに、そのとおりだ。

「・・・・・・あった。」

比較的近い。というか、居住エリアの周辺には大体の施設がそろっていた。当然といえばそうだけど。
汗を掻いてもかまわない服装に着替えて、部屋を出た。






「うわ。」

広い。とても広い。すっごい広い。トレーニングに必要なものは全部ありそうだ。
とりあえず魔獣との戦闘訓練が出来そうなものを探す。擬似魔獣とかじゃなくて、もっと実践的なやつ。
やたら広いトレーニングルームをうろうろと歩く。種類も数も多いから、ただ見ているだけでも楽しい。
また別の機会があったら他のトレーニングもしないとな、なんて思っていると、

「何をしている。」
「おひゃぁ!?」

デジャヴ!
慌てて振り返ると、腕を組んで無表情で僕を見ているガルムさんがいた。全然気づかなかった。
細身の黒い運動着が長身に良く似合っていて、かっこいい。

「え、えっと、魔獣討伐訓練が出来るものを探しているんです。」
「何故だ?」

表情を変えないまま聞かれる。怖い。というか、あなたが言ったからですよ。

「あの、早く魔獣討伐になれて、ガルムさんたちの足引っ張らないようにしないと、って思って・・・。」

そんな馬鹿正直に言わなくてもいいじゃないか・・・僕。ガルムさんだって呆れてるだろう。その証拠に、なんか変な間が・・・。

「・・・ああ、あれか。」
「はぇ?」

急に話し始めたから驚いた。

「仕事に支障が出ると言った・・・。」
「は、はい。」
「あー・・・。」

ガルムさんは右手を首に当てて視線を彷徨わせて、何かを言いよどんでいるようにみえる。おとなしく待つ。
そのまま、数秒間沈黙した後に、おもむろに口を開いた。

「別にお前の技術が足りない、わけではない。ただ早く慣れなければ、その、任務中に体調を崩されたりしたらこちらが困る、いや、困るというか、」
「え、え?」

目をあちこちに向けながら、一つずつ言葉を選ぶようにぼそぼそと話す。
前に見たような歯切れのよさはほとんどなくて、僕を傷つけないように慎重に話してくれているのがわかった。
あまりに珍しい姿に思わず笑いをこらえていると、僕の肩が震えているのに気づいたスコルさんが眉をひそめてこちらを見る。

「なんだ。」
「いえ、なんでも、ないです。」
「・・・・・・・・とにかく必要なのは、シミュレーションではなく経験だ。討伐の技術に関しては何の問題もないだろう。」
「は、え?」
「問題はその経験のなさだ。魔獣の血のにおいで体調を崩していてはこれからの任務をこなしていけない。」
「は、はい。」

いつの間にか淀みない口調に戻っている。淡々と、まるで教師のようだ。

「実際の任務の中で実感する以外に方法はない。メンタル面は技術ではなく、意識だ。いいな?」
「はい!」

次にしなければいけないことがわかったような気がして、勢いよく返事をした。こんなに大きな声を出したのは久しぶりで、少し咳き込んでしまったけど。
涙目になりながら咳をしていると、ガルムさんはやっぱり呆れたように嘆息して僕の背中を叩いてくれた。大きくて、僕とは全然ちがう力強い手。

「あ、りがとうございます。」
「ん。」
「は、ぁ。」

一息つこう。はい深呼吸ー。
よし落ち着いた。普段からもっと身体を鍛えないと、実戦でこうなったら命取りだ。

「どうする?」
「へ?」

どうする・・・って、なにがでしょうか。というか、いつもなんか突然だ、ヴィリさんもガルムさんも。
「訓練。実戦訓練でもするか?」
「え、いいんですか?」
「ん。」

軽く首肯したガルムさんが、背を向けて歩き始めた。練習用武器を探しにいくのだろう。
心なしか、いつもよりもゆっくりとした足取りのガルムさんを慌てて追いかけた。





程よく疲れた身体で部屋に戻る。
ガルムさんに、姿勢のブレや力の入れ方を直してもらった。剣を振るのが少し楽になった、気がする。

「明日も任務だ。早く休め。」

と言われたから、多分、怒ってるんじゃないだろうから笑顔で返事をして御礼を言ったら、目をそらして部屋に入ってしまった。
嫌われたわけじゃないと思うけど、どうしてそうなるのか良くわからない。聞いていいのかもわからないけど、そのうち知れたらいいと思う。
汗をかいた服を洗濯機に放り込んでシャワーを浴びてから、明日の準備をはじめた。
自分で使っている双剣の手入れをする。適度に重くて握りやすいし、デザインもいい。ずっと使っているお気に入りだ。
洗濯物を干すのは明日で良いだろう。とりあえず、疲れた。
それにしても、ほんとうにガルムさんはすごい。
あれだけ任務をこなして、訓練にまで付き合ってもらって、顔色ひとつ変えない。体力がもともとあるのか使い方が上手いか、どちらにしても僕なんか足元にも及ばない。
どうしたらあんな風になれるのかなー、なんて呆けた頭で考えていたら、いつの間にか眠っていた。





ピピピピピ、と、枕もとの端末が大きな音を立てる。

「うるさっ・・・!」

予想以上の大音量に驚いて、慌てて端末を操作した。音が止まる。近所迷惑だ。
まだ動かない頭と身体を半ば強制的に動かして、洗濯物をほす。
帰ってくる時には乾いていることを切実に願う。そうしないと着るものがない。
水分を摂りながら、昨日準備したものを再確認。
双剣、応急セット、水筒、etc、そんな数ではないけど、そこそこ時間をかけてチェックした。
トーストを口に入れながら、簡単に部屋を片付ける。まだ時間はあるけどもう出た方がいいかもしれない。
荷物をもう一度確認して、朝日を浴びながら部屋をでた。





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