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□プロローグ編
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「では、ライセンスをどうぞ。」

受付の手が、僕の目の前に、金で縁取られたブローチを置いた。このブローチが僕の夢を実体化させたようなものだと思うと、なんとも言えない感慨が押し寄せてくる。
まるでこわれものを扱うような手つきでソレを受け取れば、

「では戦闘部隊長にご挨拶を。隊長室に向かってください。地図は端末に入っておりますので。」

受付が、すぐさま次の指示をだす。なんのマニュアルも見ずに一人で仕事をこなすとは、侮りがたし魔法局。受付もプロフェッショナル。いや、侮ってないけど。
ピ、と軽い音をたてて手に持った端末を操作する。
これも受付で渡されたもので、個人情報やら地図やら時計やら、電話やメール、さらには辞書、計算機能なんかも付いている。万能だ。






足音をあまりたてずに館内を歩く。
これは半ば癖のようなもので、一人で歩いている時なんかに自分の足音だけ響くと非常に寂しいのでこんな癖がついた、と思う。
地図を見て館内を歩いて思ったけど、広い。とにかく広い。さすが局員全員の住居を兼ねているだけある。迷子にならないようにしないと。
それに、人がとても少ない。それもそのはず、今は日中である。
当然のことながらみなさんお仕事中な訳で、こんな時間にうろついているのはまだ所属が決まっていない僕くらいなわけで。
所属と言うのはまぁそのまま、魔法局では、誰でもチームを組んで仕事をする。
確か研究調査班、戦闘部隊、事務班に分かれた人たちが支部ごとに分かれて、さらにチーム(部隊)を組んで仕事をする、と聞いた。
局員たちのコミュニケーションはどうなっているのかと思えば特に問題はないらしく、休憩時間に話したりしてそこそこ仲は良いそうだ。
まぁそりが合わないひとも当然いるだろうけど。






結構距離を歩いた。遠い。
あまりに人がいなさ過ぎて、もしかして僕のほかに誰もいないんじゃないかとか永遠に着かないんじゃないかとか訳のわからない不安に襲われ始めたところで

「あ、君もしかして今日からうちに来たって新人さん?」
「はぇ!?」

唐突に後ろから声をかけられた。びっくりした。思わず謎の悲鳴をあげてしまった。
振り返ると、濃紺に金糸の制服に身を包んだ人が立っていた。多分戦闘部隊の人だろう。

「あーごめんごめん、驚かせちゃったね。なに、隊長室に行きたいの?」
「は、はい。受付で指示されて・・・。」
「受付ってあの無愛想な奴?ただ隊長室いけーって言われたんでしょ、多分。」
「あ、あの、」
「いつも必要最低限のことしか言わないんだよねー。マニュアル人間なんだ、あいつは。支部長室遠いから普通に歩いただけじゃ時間かかるよー。案内しよっか?そのほうが早く着くし。」
「え、えっと、では、お願いします。」

よくしゃべる人だ。まぁ時間かかるのは避けたいし、お願いするけど、・・・どのくらいかかるかな。

「そっかそっかー。君かー新人さんは。うんすぐわかった。」
「え、なんでですか?」
「だってこんな時間に歩いてる人なんてそういないし、どうにも不慣れな感じでさ。」
「そうですか・・・」

なぜあなたはこんな時間に歩いていたんですか。なんて言える訳でもなく。適当に相槌を打つだけにしておく。

「んー、君かわいいねー。年いくつ?」
「あ、16です・・・じゃなくて!か、かわいいって!?僕は男です!」

いやいやいや、確かに女っぽい顔だし背はないし細いけど!
それに相手のほうが明らかにかわいい。かわいいっていうか、綺麗。銀髪は長くてきれいな緩い三つ編みだし、肌は真っ白。まつげも長くて手足は長いモデル体型だ。
今はこっちを見ているから、瞳は宝石みたいな翡翠色なのもわかる。戦闘部隊には珍しい女の人だ、きっと大人気だろう。

「え、知ってるよ?」
「は、え?」
「君に関する資料は一通り読ませてもらったからねー。はい着いた。」
「え、あ、」
「失礼します、第零番戦闘部隊、ヴィリ・アルスヴィズです。」

さきほどまで談笑していた人とは思えないほど凛とした表情で扉を叩いた。

「失礼します・・・。」

白い壁と白い天井、調度品は黒か落ち着いた茶で、床は暗い赤の絨毯が敷き詰められている。

「ああ、ようこそ魔法局へ。魔法局戦闘部隊長のケン・リデルです。」

僕の緊張をほぐすような柔らかい笑み。よかった、怖そうな人じゃなくてよかった。
というか、若い。恐ろしく若い。年齢不詳過ぎる。金髪はきらきらで、肌もきれいだ。男の人なのに。
隊長さんだからそんなに若くはないんだろうけど、いくらなんでも・・・。10代で通じるんじゃないだろうか。

「リデルさん。ガルムは呼びます?」
「ええ・・・そうですね。お願いします。」

軽く目を細めながら、ヴィリさんが端末を操作し始める。

「どのくらいかかりそうですか?」
「えっと、今から部屋出るそうなんで・・・」
「15分くらいですか。」
「や、20分はかかります。」

困ったような呆れたような表情を一瞬見せたあと、リデルさんが僕を見て「そこのソファにでも座っていてください。」といった。






「なんだ、急に呼び出して。」
「あ、おはよ、ガルム。やっぱさっきまで寝てたんだ、まだ眠そーだよ?」
「ん。」

靴音を鳴らして現れたのは、黒髪で長身の男の人だった。制服を適当にはおって、不機嫌そうに眉をよせ、目を細めている。

「休みだからって寝すぎですよ、ガルム。」
「うるさいケン・リデル。休日をどう使おうが俺の勝手だ。」

怖い。

「で、なんの用だ。」
「うん、昨日言ってた新人さん。挨拶しないと。」

そこで初めて僕を見た男の人は、視線をそらさずにまっすぐ歩いてきた。
そしてソファに座った僕の後ろに立つと、少しだけかがんで僕の赤い髪をぺしぺしと叩く。怖い。

「どう?」
「ん、悪くない。」

凝視しないでください。怖い。

「じゃ、改めて自己紹介だね。」

と、ヴィリさんが立ち上がって、男の人と共に僕の前に並ぶ。つられて僕も立ち上がると、

「第零番戦闘部隊、ガルム・ファールバウティだ。」
「同じく、ヴィリ・アルスヴィズです。よろしくねー、第零番戦闘部隊、エイル・フォルセティ君!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

脳内が疑問符で埋め尽くされる。
え、だってヴィリさんは偶然通りかかった親切な女の人で・・・あ、でもガルムさんが呼ばれたのって僕に用があったからで・・・?
隊長さんが「では、」と僕に向き直る。

「自己紹介も終わったことですし、自分の部屋に向かってください。私物はもう運んであると思います。」
「よっし、じゃ行こっかエイル君!これからよろしくー。」

訳がわからない。






休憩時間に入ったのか、通路には人が多い。
長身の2人に挟まれて歩いているから、目立つのだろう。見られている感じがする。
萎縮した僕に気づいたガルムさんが僕を一瞥して、ヴィリさんが「だいじょぶ?」と声をかける。何だろう、この温度差は。
緊張したままだから目立つのかとも思うけど、この状況で緊張しないのは正直無理だ。まだ混乱してるからもっと無理だ。
通路を少し横にそれてまた少し歩くと、局員が使用している居住区画に入る。照明は明るすぎないで、落ち着いたところ。

「扉はオートロックだから、端末なくしちゃうと入れなくなっちゃうから。用があるときはインターホン鳴らせば応対できるようになってるからね。」
「あ、はい。えっと、これは。」

魔法局は、局員1人1人に部屋が割り当てられている。
割と広くて、キッチン、バス、洗面所、クローゼットなど大体のものはそろっている。当然セキュリティは完璧だ。
入ってきてから、ヴィリさんがこの部屋の使い方を教えてくれている。ガルムさんは自分の部屋に戻って寝てしまった。
怖くはないけど、冷たい人だ。言ったら怖いだろうから言わないけど。

「これで一通り説明したけど・・・なんかわからないところある?」
「はい、大丈夫です。え、えっと、ありがとうございました。」

僕が頭を下げるとヴィリさんはあはは、と笑って「いーのいーの」と言ってくれた。いいひと!

「その、・・・もしかして、僕とヴィリさんって同じチーム、なんですか?」
「もしかしなくてもそうだ。」「うわぁ!?」

いつの間にいたのか、僕の真後ろにガルムさんがいた。ドアは開いていたようだ。セキュリティの意味なし!

「ガルムもそうだからね。3人チームで活動することになるのかな?」

ニコニコしながらこともなげに言うヴィリさんと、ヴィリさんの言葉に無言で頷くガルムさんと、それを交互に見るしかない僕と。

「で、でも、そういえば零番ナンバーの部隊ってたしか。」
「特殊任務の専門部隊だ。戦闘部隊なら実地の戦闘がほとんどだな。」

真顔で頷きながらこともなげに言うガルムさんと、ガルムさんの言葉に笑顔で頷くヴィリさんと、それを交互に見るしかない僕と。
訳がわからない。なぜ成績トップなわけでも、何か功績を残したわけでもない僕が特殊部隊に入るのか。
特殊部隊ということは、このヴィリさんとガルムさんもかなりの力を持っているはずで、そんな人と一緒に仕事をするって言うのははっきり言ってプレッシャーが大きすぎる。
最初にライセンスを受け取った時の高揚感が一気に引いていく感じがする。着任早々これは、やばい、無理だ。

「え、ぁ、あの、」
「だいじょぶだいじょぶ!特殊任務ったってめったにないし、普段は普通に魔獣討伐とか書類整理とかだから!」
「魔獣討伐でもある程度のがまわって来易いがな。」
「ちょ、ガルム!」
「うう・・・。」

ああ、なんて前途多難・・・。













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