生と死の境界線

□V
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未だ固まり続けている男を一瞥し、その男の隣で咲いているどこかで見たような白い花を睨みながら考える。
色々可笑しいとは思っていたが、それはニーアに出てくる「月の涙」で間違いなさそうだ。
公式で明かされていないものの、その花はゼロのハナと似ているなんぞ言われており、その様体や性格がゼロとそっくりなカイネとの共通点も多々あげられる。


まあつまり何が言いたいかといえば、このtov世界の特異点に私がなりつつあるという訳だ。


世界の毒、きっと満月の子よりも恐れなくてはいけないものが、水面下でこっそりと世界を見つめている。
ティソンの言う通り、この湯が強いエアル濃度だけを含むとするなら、それは人体に活性化ではなく逆の方向へと導くはず。
『強すぎるエアルは人に害する』とtovの原作で証明されていたのだから、それは間違いない。

ならば何故活性化、しかも性欲が増長されるのか。分かり切った答えにイライラした。
私の隣にまで咲いていた白い花を踏みつぶし、同じ色を引き継ぐ湯からティソンを引っ張り出す。
慌てた奴の股間にタオルを落とすと、ドン引きした目でこちらを見られた。何だ、もう腹の傷は治っただろうに。



「お、ま、魔導器ねぇのに、」

「精神崩壊したくなかったら、もうこの湯には近づかない事だね。」

「、はぁ?」

「活性化が君にどういう影響を齎すか、分からないって事だよ。幸いエアルがハナと反発してるみたいだけど。」

「ちょっと待て。花が何だって?」

「、服。有り難く頂いていく。」



口が滑った自分が嫌になる。

半乾きの髪を耳にかけ踵を返すと、ティソンはがしっと私の腕を掴んだ。最近こういうシチュエーションが多い気がするのは気のせいだろうか。
振り解こうとすれば案の定、さっきの湯の効果がまだ幾分か残っていたらしい。
力を籠めれば痺れるような感覚が腕を襲い、ティソンにされるがまま抱きすくめられる。

驚いた私が顔を上げれば、何かに耐えるように体を硬直させていた奴が思い切り唇を貪ってきた。
二度目の感覚に頭がクラクラする。私も性欲に当てられたのか、上手く抵抗が出来なかった。
ちゅぷちゅぷという音に耳が犯されては、無くなり掛けた理性を引っ張り出し、欲に耐える。
お前はさっきの詫びを帳消しにしたいのか、そうなのか。そんな意味を込めて肩をトンっと押してやった。

私の舌を軽く甘噛みしてから口を放すと、ティソンはゆっくりと私の肩に頭を預けてくる。
互いの口から引く糸が実に色目かしい。吐息は荒く、無言が続く。やがてぽそりと奴が弱弱しい声で言った。



「、わりぃ。いつもはこんなんじゃ、ねぇんだが」

「、いや、構わないよ。だけど呂律すら回らなくなってるね。気を付けて。というかもう入るな。」

「ああ。」

「早く女でも抱いてきな。金なら少し置いていく。一晩分で足りるか?」

「、おれはおまえでもいいんだがな。」

「戯言を。正気に返った時苦しむのは君だぞ。」

「、」

「、ギルドなんでしょうが。誇り、持ってんでしょ。仮にも騎士団に身を任せちゃダメ。」

「っち、よくわかってらっしゃることで。」



厳しく接したいものの、ついつい甘くなってしまう口調に複雑な気分になる。ハナが促す性欲は身を挺して理解しているつもりだ。
エアルがどれだけハナの力を抑えているかは分からないが、実際にティソンはよく耐えている方である。

現在ではこの湯を放置しておく選択しかなく、何とも歯がゆい思いだが仕方ない。
こんな事なら魔術の一つや二つ、覚えておけば良かったか。

ティソンがぐらりと倒れかけたのを見て慌てながら支えると、風に当てられ少し正気を取り戻してきたのか、奴がふぃっと顔を逸らした。
腰に巻かれているタオルが外れないよう、丁重に座らせ、奴の服を持ってくる。
引っ手繰るようにしてそれを奪ったティソンの前に金銭を置くと、苛立ったように此方を睨みつけて来た。
いらねぇよと言った口に指を突っ込んで黙らせる。噛まれないように気を付けながら笑みを向けて、ドスのきいた声を一言。



「やせ我慢なんてしてんじゃないよクソ蛇。」

「がっ」

「その調子で部下に会う訳にも行かないし、魔物と戦闘する訳にもいかないでしょうが。」



別にアンタが強姦に走っても私には関係ないけどね、なんて言いながらずぽっと指を引き抜く。
すると奴はぺっと唾を吐き出し、下唇を噛んだ。きっと弟子の事でも頭に浮かんでいるに違いない。

私はティソンの持ち物に入っていたホーリーボトルを取り出すと、それで手を洗い、残りを彼にぶちまける。
何すんだクソアマとか色々雑音が聞こえたが気にはせず、下町の人間の宝を担いだ。
随分と高くなってきた日に目を向け、えらく道草を食ったなと一人ごちる。やれやれ。これは幼馴染達にまで説教を喰らいそうだ。


「女。」

「まだ何か用?」

「名は」

「、セナ。」


服を適当に羽織りながら悔し紛れに金を拾うティソンは、どうやら名をご所望なようで。
懐かしい服を身に纏った今、錯覚が起こりそうになりながらも己の名を言う。
どうやらぶれる思考は当時の名を語りたいらしい。だが無暗に言うものでもないのは理解していた。

私は鴇であり、セナである。それは変わらないし、受け入れている事実だ。
セナの名を語ると決めたのは、何よりも鴇の身を案じてくれた今の両親と幼馴染達の為。
鴇として余計な心配を掛けたくなく、鴇が唯一出来る恩返しは幼馴染や娘、つまりはセナである事。
まぁ彼等の性格上、きっと私が鴇の名を語ったとしても、何も思わずただ受け入れてくれるだろうが。



「セナ、ね。覚えたぜぇ。、ん?何笑ってやがる。」

「いや、うん。結局名に固執してるのは私かも知れないなってちょっと思って。」

「はぁ?まさか偽名か?殴るぞ。」

「ふふ。いや、セナも紛れなく本名さ。」

「、?」

「秘密。君には教えてあげない。」

「なんだそりゃ。」



気分を害したとでも言うように奴が顔を顰めると、笑いを止めずに奴の鞄をもう一度漁った。
奥の方から出て来たメモらしき紙を一枚取ると、人差し指を噛み切って文字を書く。
血で綴るその文を書き終えると、そのメモをかわいらしく紙飛行機に変えてティソンの方へ投げてみた。

地面にかさりと落ちるそれを奴が拾う。
広げた紙に綴られたその言葉を読んだ後、ティソンは歯をぎりりと軋ませた。
どうやら奴は正気に返ると負けず嫌いの様で、欲に溺れていた先ほどを思い出してはまた笑いが吹き出しそうになる。



「貴様、これを俺様に届けろってか。」

「ただでもらう金が嫌なんだろ?だったら引き受けてよ。前払いって事で。」

「魔物狩り以外では引き受けん。」

「まぁそう言わずに届けてくれたら嬉しいな。残念ながら私は顔を知らないの。」

「、何故顔も知らない奴に渡すのだ。こんな紙、」

「渡したら伝わる。別に嫌なら届けなくてもいいけどね。」

「理解出来んな。誰に渡す気だ。」

「君がくれたこの服の、そう。依頼主。」



名をアコール。


そう言うと奴の目が驚いたとでも言うように見開いた。
そして自分が利用されていたと気付いた瞬間、ティソンは近くの木に拳を叩き付ける。
ギロリと睨まれたので舌を軽くべっと出したら殺気を送られた。怖い怖い。

dod3の世界で外から見ていた存在、アコールは、私にあちらの世界から干渉できる唯一の存在とも言える。
普通に考えて私が以前着ていた服も、世界に潜みつつあるハナの存在も。原作が始まるこの直前時に私の手に渡り知る事は、とてもタイミングが良すぎるのだ。
カミ、ハナ、そして気紛れに起こる経験済みのトリップや転生の輪。沢山の不思議現象を考えてみても、彼女の存在が一番しっくりきた訳で。

ティソンが依頼主に服を押し付けられたと言う事は、その後の彼の行動パターンを完全に把握し、且つ私の思考をそこそこ見通せている証拠。
彼も彼女の意図こそ分からないものの、この出会いは仕組まれていたものだと私の言葉で理解したらしい。
くしゃりと握りつぶされた紙飛行機を見て、苦笑した。これは大層ご立腹だな。



「あのメガネ女、今度会ったらタダじゃおかねぇ。」

「はは、仕事口調から戻ってるよ。」

「丁度いい。お前との回りくどい接触が奴の目的なら、この紙を持っていればあの女に会える。」

「引き受けてくれるの?」

「ふん、貴様の為ではない。そしてお前に借りを作るのは癪だ。」

「そりゃどうも。」



魔狩りの剣でなく、個人として引き受けてくれるというティソンを不器用な男だと思う。

彼の言葉から察するに、アコールはどうやらこの世界でも前と同じ姿をしているらしい。
性格もメモを見てからの行動で粗方予想できるとして、取りあえず後は放置で良さそうだ。
どうせ本気でコンタクトを取りたいなら彼女の方から直接やってくるに違いない。

もう用はないという意味を込めて走り出すと、背後から奴の所属と名が大きく聞こえて驚いた。
振り返りながらも足は止めず、もう小さくなったティソンを一瞥し、また前を向く。
覚えておけ!と響き渡る声に、また何かのフラグが立ったなと一人で呆れてみた。

立ちふさがる魔物を切り伏せ、返り血を避けながら帝都に入る。





世界からの伝達。

『原作開始の合図を見るまで、あと数分。』


突如頭に響いたその声に、やっぱり複雑でイライラしたのはきっと。






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