旅は道ずれ世は情け
□2話
2ページ/5ページ
慎重に、それはもう人生に使う全神経を一点に集中させて草むらを避けて歩いた結果がこれかと思うと泣けてくる。
誰だコリンクが可愛いとか言った奴。思いっきり性格悪いしニヤリって何だ、喧嘩売ってんのか買わねぇぞ!
「ガウッ!」
「っ!」
そんな事を思っていたら、隙を突かれて恐らく奴の噛み付く攻撃が右腕にクリーンヒットした。
効果音はガブリじゃない、ブツリだ。
皮膚が貫かれて肉まで入り込んでいそうな感触と激痛、夥しい量の血。
ああ噛み砕くじゃなくて本当に良かった、なんて思える程の余裕なんて全然ない。
私は別に小説のヒーローやヒロインみたいに腕がぶっ飛んでも平然としてられたり、体が貫通しても顔を歪める程度で終わる人間じゃないんだ。
かすり傷でも痛いもんは痛いし、今だって泣きそうだし、とにかく普通の、平凡な人間と思ってくれて良い。
「うっ、」
だからね、この痛さに耐えられる訳ないんだよ。
グルグルと唸って噛み付いたまま腕から離れようとしないコリンクを睨みつける度胸もなくて、思わずあの黒い文字を恨んだ。
アイツが私を此処に連れてこなければ、こんな事にもならなかったのに。
アイツの正体がポケモンだったなら、同じコイツも恨んでやれたのに。
まさかのこんな状態でイラッと来たのは気の所為じゃない。
今もどうせこの状況見て楽しんでんだろ。イライラする、そういうの。
ロケット団にギンガ団、マグマにアクアにプラズマだっけ?もうこの際奴等の方が断然マシだ。
目的持って行動してんならまだ分かる。でもお前は暇つぶしなんだろ知ってるよ。
「っ」
黒い文字を恨んでも意味無い事は知っていた。でも恨まずにはいられない。
暇つぶしだと仮定したのはその方が恨みやすいから。もし理由があっても簡単に許すつもりもないし、許せるもんじゃない。
殺気というのは生まれてこの方一度も出した事は無いけれど、今ならきっと出せる気がする。
『あたまのわるいかたですね。しんぱいですからすこしおまけです』
「っなーにが、心配だ。絶対に引き吊り出してやるっ」
「ガウッ!?」
瞬間右腕がコリンクごと音を立てて燃え上がった。
危険を感じた所為か全身の体毛が光っていたけど、それも炎に怯んで普段の機能を果たせないらしい。
とりあえず腕が解放されたので炎を鎮めて、未だ燃えているコリンクを睨みつける。
だらだらと流れている血がぽたりと地面に落ちた気がした。
「きゃん!きゃん!」
「、たく。」
ズキズキと痛む右腕に火傷等の支障はない。どうやら自分の炎なら大丈夫みたいだ。
ばっと左手で水を作り出してコリンクにぶっ掛けると、すでに力尽きていた。
思わず生死を確認して見るが、どうにも火傷が酷い。これは生きていたとしてもそれ相応の覚悟がいるんじゃないだろうか。
「が、う」
「こら、動くな。」
目尻に堪った涙を左手で拭うと、シャッキリ思考が冴えて来た。
ちょっと涙目になってた自分が恥ずかしい。自分でやった事とはいえ、コリンクからすれば人間の腕が燃え上がるなんて思い付きもしなかっただろうに。
これは俗に言うお互い様って奴だろうか。え、違う?
痛いのを我慢しながらさっきカバンから発掘した傷薬を一本取り出してコリンクに近づくと、威嚇も出来ないのか呻かれた。
体が縮んだあの後、カバンから見つかったのは傷薬2本と木の実が数個。
貴重な道具だったが今使わないという選択肢は皆無に近い。つか躊躇ったら良心痛む処じゃすまないよね。
「動かないで、そう。これぶっ掛けるだけだから」
「がうっ!」
「わあ違う違う!霧吹きみたいになってるからシャッと掛けるだけ!頼むから吼えるな怖いっ!」
言葉が通じてるのか通じてないのか、私の腕からまたポタリと血が落ちたのを見てコリンクが動きを止めた。
グルグルと唸るものの、攻撃してくる気配はない。
はは腕いってぇなんて思いながら『回復』と紙が貼ってある傷薬をコリンクに吹きかけた。勿論、怪我をしてない左腕でだという事は言うまでもない。
医者も顔負け、みるみる内に治っていくそれを見ながら私はため息をついた。
回復の薬だったのか、コリンクは傷やら火傷やらがすべて無くなってピンピンしている。
さすがにゲームみたいに完全回復、とまではいかないが、先ほどに比べたらかなり状態が良くなった断言できるだろう。
試しに残りを自分の腕に吹っかけたら沁みただけで治らなかった。残念いってぇ。
「ポケモン専用って事ですか、そうですか。」
「がう。」
馬鹿だろお前ときっつい視線を喰らったのはもうご愛嬌だ。
とりあえず未だ流れ続けている血を止血しようと服の袖を千切ると、コリンクが一瞬顔を歪めた気がした。
敵意が無かったので頭をぐしゃっと撫でてやるとそっぽを向かれる。ううん、つんでれか。
「お行き。血の臭いで他の野生が来る。食われてしまうよ。」
苦笑交じりでそう言うとガウッっと何故か威嚇された。何でだ。
ぎゅっと止血した腕にこれ以上刺激を与えない様、コリンクから数歩離れるとグルグルとまた唸り声が上がる。
そのまま顔を顰めていれば右足に軽く頭突きされた。あー?何だお前。
「どーした?」
「がうっがうる!」
「あー、」
「がうがうがー!」
「分っかんねぇ。」
自分にはトリップ王道なポケモンの言葉が分かるよ的な設定が付いていないから、ちょっと残念だと思う。
こういう時に楽なのになぁ、なんて。生憎とコイツの言ってる事が理解できない私には高望み過ぎたか。
こうしている間にもジワジワと腕の痛みは私から体力を奪ってる。つか泣きそう。
早く森を抜けなきゃと思い出して空を見上げると、まさかの太陽が姿を消していた。や、まだ少し明るいけど。
「うわー、どうしよう。お前出口知ってる?」
「がう?」
「いやぁ聞き返されてもねぇ。」
とんだ寄り道をしたもんだとため息を付くと、梟の様な鳴き声が辺りに響き渡る。
あ?ホーホー?ここはシンオウじゃないのか。
ぐるりと辺りを見渡すと血の臭いに反応して集まったのか、囲まれている事に気がついた。
赤い目、丸い目、尖った目。夜に活動するポケモンが完全に暗くなるのを待ち構えている。
自分を餌食にするつもりかと理解した瞬間鳥肌が立った。おいおい肉食なんて聞いてないぞ。
ついっとコリンクを見ると何ともまぁ暢気に欠伸をかましていた。助ける気は全然ないらしい。
気付いているだろうにと顔を顰めて視線を送るとまたニヤリと嗤って此方に返される。コイツっ、性格は生意気か!
「さっき鳴き方でちょっと可愛いなんて思ったの撤回させてっ!」
「ガウッ!」
「でぇい吼えるのやめー!」
思わず耳を塞ぐとバサバサと周りにいたポケモン達が一瞬にして姿を消した。
呆然とした私と野生のコリンクだけがこの場に残り、効果音をあえて付けるならシーン、だ。
今のが攻撃である『ほえる』だったと気付いた時にはコリンクの奴がふふんっと満足気に嗤っていた。
一応、助けてくれたんだろうか?
「がうっ!」
「あ、ちょっと!」
付いて来いとでも言う様な声音に怯みながら後を追うと、小さな光が見えてくる。
ポツポツと後から後から見えてきたそれが村だと気付いた時は、吃驚しすぎて気分が有頂天になった。
思わずコリンクに飛びついて抱き上げると、ゴツンと顎に奴の頭突きがクリーンヒットする。あれ、お前なんで頭突き覚えてんのよ。
「がー!」
「分かった分かった下ろすってば!」
「がう」
「出口、知ってたんだね。有難う。」
いやー、お前がいないと食われるところだったわーと言いながらコリンクを地面に降ろすとまたそっぽを向かれた。
それでも嬉しくてニコニコ笑っていると右足をぷにっとした肉きゅうで踏まれる。痛い。
行かないのかとぐいぐいズボンを引っ張られて、はっと我に返ると呆れた視線を送られた。
そうだ、こうしている間にもまた野生のポケモンに鉢合うかもしれない。急がなくちゃ。
さっきの状況を思い出してぶるりと体が震えると、コリンクが下でため息を吐いていた。
ポケモンにため息疲れるなんて情けない話だけど仕方ない。
あの状況でもしこのコリンクが居なかったらと思うと硬直もんだ。
仮にコリンクと遭遇しなかったとしても、どうせ森を抜けられず同じ状況になってたに違いない。
「そう思うと、大怪我してもラッキーだったって事?」
「がう?」
「、これがトリップ補正だったりして。そんなの認めたくないなぁ。」
またあの文字にイラッと来たのを我慢して歩を進めると、町の光が一瞬にして消えた。
どうやら停電らしいが、何も今じゃなくても、何て思う。目指す目標が消えた気がして萎えるだろ。
コリンクを見ると不思議そうに町を見ている。もしかしたら停電を知らないのかもしれない。
電気が消えるといえばシンオウに町中に大迷惑を掛けている電撃王子が居たなと少し笑う。
アニメでは素晴らしいニートっぷりを発揮していたが、此方ではどうなんだろうか。
いつか会えたら良いなと思いながらコリンクと二人で歩いていると、少し遠くから人の声が聞こえてきた。
それも村に近付く度に大きくなるものだから、きっと村内の停電騒ぎなのかも知れない。
ううん、大変な時に来ちゃった事は認めるが、せめて一晩だけでも泊めさせて貰えないだろうか。
今放り出されて野宿とか今度こそ死ぬ。
「ど、泥棒だー!どうしよう!チコリータが居ないよぅーっ!!」
はっきり聞こえた情けない声に、ポカンとしたのは言うまでもない。
コリンクと目を合わせると間を空けずに電気が回復して目が眩んだ。
博士と言われた半泣きの張本人と研究員数人が私に視線を送ったのは気のせいなんかじゃない。
「こいつかーっっ!!!」
あっれ、これって何のフラグ?
.