短編集

□過去拍手2
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ウオォォォォンとそんな猛々しい鳴き声は、私に恐怖を齎した。カタカタと震えるのは何も身体だけじゃない。
全速力で走っているのに前方後方上下左右へ突如現れて首を回す木霊の所為で、さっきから同じ所をぐるぐる回っている様な感覚に陥ってしまっている。
それでも走り続けるしかない。止まったらその瞬間、恐らく私の人生は簡単に終幕を迎えるのだろう。

木、木、ふかい、森。さっきまで私はそんな場所にぽつんと立ちすくんでいた。
変わったのは一瞬で、まるでカーテンを開けるか様にざっと変化した周りの景色。
虫の声と、獣の気配。見たこともないような大きな木と、澄んだ池の中心にある島の様な小さな丘。
ぴんっと張り詰めた空気は現代社会において経験したこともない位の嫌悪感と恐怖を増長させた。



『出て行け』

森から出ていけ。



そんな低い声が響き渡って、はっとしたように全身に力を入れたのは、命の危険を肌で感じてしまったからだ。
思考の整理なんざできやしない。とにかく余分な力を頭に回すくらいならば、それをすべて足へ回すというのが正解だと、それだけが頭を支配する。
体力の無い私が息をあげると、また同じ台詞の低い声が響き渡る。後ろからザザザと何かが走ってくる音。段々近くなってきて、初めほどスピードの出ない身体を何とか前へ進ませた。

少しでも光が差し込む方へ。ひとが、いるかも知れない方へ。



「、うそ、でしょ」



掠れきった声を吐息と共に吐き出した。崖だ。崖が私のすぐ下、つまり進行方向に存在している。これ以上は進めない。
そして、それ以上に走る気力を奪ったのは。崖の先にすら覆い尽くす広大な森でも、おそらく後ろから姿を現しただろう恐ろしい山犬でも、木々の隙間からこちらを見てくる無数の木霊達でもない。

そうだ、私は走っているとき、その白い不気味な霊を、彼等を木霊と認識してした筈だ。
なんで。そんなの決まっている。だって画面上で一年に一回は見てたもの。小さな時から絶大的な人気を誇る、税金対策とも言われてこれ以上無いくらいのクオリティの高いその表現。
画面越しに見ても怖くて怖くて、堪らなかった。赤黒い触手と巨大なイノシシ神。そして前方に見える、現れたり消えたりを繰り返しながらゆっくりと歩く、夜の姿をした命を司るそんな神様。



「しし、がみ」



どこにも逃げ場なんて無くて。いっそのこと、よくある物語の様に此処で意識を失えたならばどれだけ良かったのだろうか。
足を止めた瞬間回転する思考が憎くてにくくて堪らない。刻々と迫る死へのカウントダウンに理解を示し、私はゆっくりと目を伏せた。

もしこの状況で奇跡的に生き残ったとしても、私はこの世界で生きていく術を持ち合わせてなんぞいないのだ。







<生きろ。>
(そもそもそんなキャッチコピーを、何故娯楽として楽しめたのか。)


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ようこそ、とても怖くて恐ろしい世界へ。手を出すとこが間違ってる妖姫夢その1。







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