短編集

□今更戻れという君に
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文通のやり取りを見てると携帯が恋しくなり、暗い夜を歩けば電気が恋しくなった。
そんな近代的思考に少し苦笑しながら宿でまったりと寛いでいると、窓の外で浅葱色の羽織が揺れる。
現代ではそこらを歩けばすぐに見つかる身長でも、此処では違う。

町を歩く人々から頭一つ分高い彼を、私はため息を吐いて見下ろした。



「おにーさん、見回りですか?」



此方に気づくとニヤリと口元を緩ませる彼の名は、何とあの薄桜鬼で有名な原田左之助。
ひょんな事から知り合ってしまった自分に後悔したのは、一体何時の話だっただろう。
もう一回ため息を吐くと幸せ逃げるぞと言われた。ちょっと、大声で叫ぶな迷惑。



「今日は此処の宿にいたのか!どうだ!京には慣れたか!」

「あーっと、原田さん!お願いですからもうちょっと静かに!迷惑になるでしょう!」



下から見上げてくるのは何も彼だけじゃない。歩く人も勿論の事、宿屋の女将さんだって困った顔してる。ってうわぁ、すいません。
取り合えず階段を駆け下りて外にでると、彼女に謝る。気にしないで、なんて言う気さくなこの人はさぞやモテてそうだ。
うんうんと宿に入っていく女将さんの姿を見ていると、頭を肘置きにされる。ぐ、体重容赦なくかけてきやがるコイツ!重いっつーのっ。



「おうおう、俺は無視か?」

「いやいや、迷惑かけたのアンタだろ。アンタが寧ろ謝れ。」

「悪かったよ。」

「私に謝って如何する。女将さんに言え女将さんに。」



ぺっと地面に唾を吐くと、はしたないって頭を叩かれた。
それから頭をぐしぐしと撫でられて髪がぐちゃぐちゃになる。なんて奴だ。
隊服を着てるから見回り時間な筈なのに、彼はこうして毎回私に構う。っというか探す。
昨日は川越の宿に泊まってたのに見つかるし、何だ。アンタは京中を探してるのか、そうなのか。

もう一度ため息を吐くと今度は包みを渡された。
何だと思ってる内にさっと原田さんの目付きが変わる。何だか凄く嫌な予感だ。



「これに見覚えはあるか?」



的中か、とそう思った。
包みをさっと開けると、そこには撃った後だと分かる潰れた銃弾が二つ入っている。
これは昨日、依頼時にミスって思わず使ったものだ。何か忘れてると思ったら弾の回収忘れてたんだ。あーあぁ。

私は包みをそっと仕舞い、彼に突き返す。中に入ってるのが何だか分からない、唯の町娘を装って。
ぶっちゃけ、偶然にしちゃあどうも可笑しいと思ってたよ。こんなに広い京だっていうのに、必ず5日に一回は出会うエンカウント率。
最近依頼多いなぁと思ってたら、まんまと罠に掛かってた訳だ。



「いいえ。何です、これ?お菓子ではなさそうですけど。」

「、いや、知らないなら良い。」



振袖で口元を覆って不安そうな表情を作り出すと、原田さんが一瞬虚をつかれた顔をして、それから苦笑した。
そこに少し安堵も混ざっていた事からまだ完璧には疑われていない事を悟ると、私は思わず下唇を噛む。

探られている。間違いなく。

が、今の段階でまだ結論付けるのは無理だ。
依頼主に囮として利用されているか、新選組に泳がされているだけか、それは分からない。
でも、ただ一つ分かる事は暫く仕事を控えろって事だった。



「にしても、女の格好してんの初めて見たな。」

「あはは。お金が入った時、自分のご褒美として一着買ったんですよ。いつも男装してますからねぇ。」

「何時もそういう格好してりゃいい、綺麗だ。」

「、ああもう。そうやって女口説いてるんですね!この色男っ!」

「くっ、そりゃ褒め言葉だ!」



カラカラと笑う顔に、もうさっきの鋭い瞳はない。
少し火照る自分の頬を一体どうしてくれようか。真顔で言うな、頼むからイケメンだと自覚してくれ!

突き返した銃弾が入った包みを懐に入れると、原田さんはもう一度まじまじと此方を見る。
よっぽど珍しいらしい。いや、自分でも珍しいと思うけど、今日はそんな気分だったんだから仕方ないじゃない。
簪でも買ってこようかという彼の腹に、一発お見舞いしてやった。顔を歪める原田さんに、私は笑う。



「そのままあの世に行ってらっしゃいな。」

「お、前な!鳩尾入ったぞ今のっ」

「あら、御免あそばせ。」

「そんな上品でもないだろ馬鹿。でも本当に、似合ってる。」



そう言って綺麗に笑う彼を見たら、またぽんっと顔が熱くなった気がする。
いかんいかん、正気に返れ自分。そんなに乙女じゃないはずだ!


心臓を落ち着けて、私はここへ来た時の事をゆっくり思い返す。
この世界に来た時、それはもう本当に驚いたものだ。
人通りの少ない町外れ、そして真っ暗な夜。酔っ払って斬りかかって来る下種ども。無我夢中で相手を殺してしまった私。

血の臭いを思い出して、少し嗤った。

人を殺すのは現代でもやって来た。人殺しの職業は法律総無視。でも、裏で生きていくのには仕方がない事で。
犯されて売られる位なら、薬漬けにされて実験台にされる位なら、私は幾らでも人を殺せた。
その度に軋む心は確かに存在していたけれど、それでも無視して納得して。でも生きたいと思ってた訳じゃないの。唯、死にたくなかっただけ。



「お前、会った時からずっと男装してたからなぁ。やっぱり新鮮だ。」

「だって女の一人旅ですよー?男装は当たり前です。」

「家の手伝いで出稼ぎだろ?よく一人で此処まで来れたな。」

「途中まで用心棒も雇いましたので、お蔭様って奴です。」



原田さんが私の様子に気付かず、会話を続ける。ぶっちゃけて言うと全部嘘だ。


この世界に来た場所。それが此処の町外れで、男装してた理由は殺した男達の身包みを剥がしたから。
金目の物、侍の魂と言っても過言ではない刀、すべて奪い取らせて頂いた。

現代に未練がない事はない。
でも頭の回転が速いと自覚している私は生き残るためと理由を付けて、心を置いて気ぼりにして、現代で来ていた服を男達の死体と共に焼いた。
あの時の火と死体が燃える臭いを、私は一生忘れないだろう。



「生き残れた事を、感謝しなくては。」



見知らぬ町に異変を覚えたのは体全身だった。違う、ここはすべてが違うと。
電柱も車の音も、電気の光さえない暗闇に恐怖したのは無理もない。
酔っ払っていたあの男達がもし斬りかかって来なければ、通りかかっただけならば、私はそれこそ死を覚悟しただろう。

この時代からして現代の服は異国の服。必ずそれは厄介事を呼んで来る。
何時も肌身離さず持っていた銃だけは所持しているが、それ以外、私は現代にいた痕跡をすべて消した。
もう、何も残ってない。


そっと太股のホルダーに装着している銃を振袖の上から触る。
昨日は少し油断しすぎた。気をもっと張り詰めなくては。



「殺されたのか。その用心棒。」

「、」

「辛かったな。」



惨めになるのは悲しい性。
会話の内容を、私が見せたボロを見事勘違いをしてくれたのは、此方にとってとても有難いはずなのに。
真面目に心配してくれている彼が、とても綺麗に見えた。



「で?原田さん。見回りは?」



また撫でられそうだった頭を彼の手からひょいっと避けると、少し驚かれた。
話題を変えるような言葉に、原田さんは強いなと苦笑して呟く。

私は満天の笑みを作った。



(つよくなんて、ないの。きたないだけ)







<今更戻れという君に>
(綺麗だなんて、言わないで。無理に決まってんじゃない)





→あとがき
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