鏡よ鏡

□4滴
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「それで?お前の名前は?」

「沙鮫、あ、ちが、ユエですユエ。」

「ほぉー沙鮫ね。では沙鮫さんとやら何故こんな所に?」

「意地悪か!」



動揺しすぎてうっかり本名を滑らした自分と聞こえなかったふりをしてくれない目の前の王子に悪態尽く。心臓がこれでもかと言う程に暴れているのはもうご愛敬だった。
なんでだよ。なんでこんな時間に!こんな場所で!例の王子と会うんだよ!例え此処が彼等の遊び場だったとしても今は冬の深夜だぞ、可笑しいだろうが!!

なんて、未だに鳴り止まない心臓と戦いながらも絶賛反抗期中であろうゼン・ウィスタリアを見据えてみる。残念ながら現在の彼の瞳には全くもって光が無かった。
原作軸であれば漂わせているであろうキラキラとした空気感も、白雪が既に持ち合わせていた主人公ならではの気質も。不思議な事に全てが包み隠されているかの様に何にも感じないその気配。
目の前の少年にあえて名称をつけるのであれば、恐らく唯の悪ガキだった。王子としての振る舞いを見ていないが故かも知れないが、その背筋は猫のように丸く、取って付けたような社交界に必要である笑顔の仮面すら貼り付けていない。

唯々どんよりと曇った眼差しを持ち何かに迷い続けている王子様。そんな彼に出会ったのは僅か数時間前である。
木々・セイランやミツヒデ・ルーエンという誰もが知る彼の側近ですら姿を見せない辺り、もしかしたら出会う前なのかも知れないが。
いやしかしだな、仮にもそんな状態の王子が何故此処に。反抗期といえど程があるだろうだなんて考える。お供一人すらいないこの状況で、私が悪意ある者だったらどうする気だったんだコイツ。



「、私は森に迷い込んだ旅人だよ。外が吹雪いてるからね、一晩泊めて貰おうとドアを叩いたら空き家だったんだ。」

「へぇ。」

「きみは、この家の子だったりするのかい?」

「いや?」

「えっと。じゃあお仲間かな?寒いよねぇ、君もクラリネスかタンバルンへ行く途中?」

「どっちでもないが?」

「、」



やりにっくい。なんなんだこの王子様。そんな感想を抱きながらも、ぴしりと自身の笑顔が固まった様な気がする。
オビの様な愛嬌も持ち合わせていない癖にじろじろと遠慮なしに此方を見てくる視線、そして隠そうとしない好奇心。
それ初対面の人間にやると嫌われるから止めなさいなんて王子相手に言えるはずもなく。

それでもめげずにニッコリとしていれば、それ、止めろよなんて言われてしまって流石に怪訝な顔付きになってしまう。
彼はそのままため息と一緒に自分の名を此方へ告げると、その紙面で見たことのある様なソファへ豪快に腰を下ろしてしまった。
それから腰にある剣を机の前に置き、アンタも置けと指示を出してくる。実に俺様且つ強引だ。なんなんだこのガキ。



「一言失敬。君、警戒心はないのかい?」

「人並み以上にはあるぞ。少なくとも、こんな街道外れの森に深夜、空き家にいる怪しさ満天の女には特にな。」

「、ブーメランなんだけど。」

「はは、だからだよ。信じて貰うにはこっちから信じなきゃ始まらない。そうだろ?」



だから俺の武器はここに置いた。警戒はするな、何もする気はないと。そう続けた彼は阿呆なのか王子なのか、知らなければ尚警戒していた所なのだが。
にかっといきなり見せられた無邪気な笑顔と懐の深さに思わずたじろいで了承してしまった私も私である。
仕方なしに机の上へ手持ちの棍棒と鞄を置き、やれやれと言いながらも年上のプライドを崩さぬまま、向かいの椅子へと座らせて頂いた。

外は、相変わらずの天候である。しんと静まり返る空気に耐えられず、カタカタと音がする方角へ視線を移せば空から舞う白い粒がなんのその。
窓から見えるその景色は先程のチラつく雪、だなんて可愛らしいものではなく。恐らくこの時代であれば命すら奪いかねない程の猛吹雪だった。
野営をしている楽団の皆が一瞬頭を過ぎるものの、彼等もまぁ、そこら辺は知識も経験もあるだろうからいらぬ心配だったなと目を伏せる。

現状では私の方が非常に厄介な状況だった。危険が付きまとう為吹雪の中の移動も出来ず、かといって何も知らない王子が居る所為で魔術を使う訳にもいかない。
つまり目の前の少年と共にこの凍える屋敷に滞在する他ないのは、私にとって計算外中の計算外という訳だ。



『、誰。』

『おまえこそ、何者だ。』



突如感じた気配は、恐らく初めから此処に隠れていたのだろうと思う。ふっと机の上に置かれた蝋燭を見つつ、そんな事を考える。

結論から言えばあんなに自身が恐れていたこの世界と私の世界を繋いだ鏡。それはやはり数年前から変わりなく、この屋敷の二階でぽつんと一つ佇んでいた。
寝室。世間では恐らくそういった場所なのだろうと思う。ボロボロになったその家具と人の気配がない癖にどこか生活感が残っている暗い部屋。
何年も使われた痕跡がない癖に、例の鏡は曇り一つ無く、確かにこの世界を映し出していた。

恐る恐る意を決して触ろうとした瞬間に、かの王子の気配を初めて感じた部屋も言わずもがなその場所である。
武器に手が触れなかったのはその空気に殺気が混じっていなかったからだと、お互いがそう感じている事に違いない。
暗闇の中から姿を現した、目の前の王子は静かに此方へと語りかけてきた。お前は、何者だと。とても馬鹿げた問いだった事を覚えている。

何者。そうね、それをこの私に問うのかと。黒い感情が浮き上がる前にニッコリ仮面をつけた自身を誰か褒めて欲しい。
殺伐とした空気は一瞬で消え失せ、いきなりのんびりとした雰囲気を作り出した事に驚く幼い王子の姿。そんな少年を見事に無視して違った意味で動揺した私。
ゼン・ウィスタリア。彼自身から名を聞く前にかの主要キャラだと気付いたのは、紛れもなく私個人がこの世界を外から見ていた名残である。



「で、だ。そんな態とらしい建前は止めて腹割って話すぞ沙鮫。」

「わ、わざとらし、って。いきなり沈黙破ったと思ったらどういう理屈?」

「俺はお前が此処に来る前からいたんだぞ。当たり前だろ。」

「。」

「お前が目的があって此処に来たのも、それがあの鏡だってのも分かってる。勿論理由は知らないが。」

「、なるほど?中々遠慮なしに此方の自尊心を削ってきますね、ゼン殿下。」

「は、やっぱ知ってたな。こっちの正体に気付きながら白切るから余計な警戒しちまったろ。そのお返しだ。」

「素晴らしい洞察力ですねぇ。単なる悪ガキじゃない理由はクラリネス王城教育の賜物って訳だ。」

「言ってろ。お前みたいに猫被る輩は昔から何人も相手にしている。仮面つけるだけ無駄だぞ。」

「、それはそれは」



厄介な。口には出さずに内心呟く。伊達に私も貴族嫌いで有名な山の獅子の皆と数年間の時を過ごしていないもので、知っているとしても王族ともなれば更に距離は取っていくスタイルでいたいのだが。
何故だろう、会話すればする程この手の掛かる弟感覚が抜けない感じ。私の嫌みをサラリと躱し且つ堂々と対話できるその度胸はうーん、さすがは王子ってとこなんだが、さてどうしようかな。

ちらりと彼を盗み見れば、その表情は何を思い返しているのやら。不機嫌そうな、心底何かを毛嫌いするようなそんな感情が読み取れてしまい、ため息を吐く。
それで?お供がいない理由はと聞けば、はぐれただのその辺りに潜んで居るだの言わずにそのまま城を抜け出してきたから居ないなんて答えた彼をこう、誰か叱ってやってくれ。
じとっとした目で見てやれば、少しは恥じらいがあったらしい。赤面になった少年は慌てて弁解を述べてきた。

要は、少しの散歩のつもりだったのだと。けれども突然の雪雲を見つけて時間が無いと悟った彼は昔から馴染みの深いこの遊び場へ足を運んだのだそうだ。
散歩にしては国境まで来るとか遠すぎるし、それが嘘だと分かったものの、突っ込む気はまず起きない。
何度も言うが極力主要キャラという理由だけでなく、王族貴族と関わりたくないのだ此方は。だからへぇ、なんて言いながら流してはその若さ特有の隙を指摘しなかった。

そしたら、突然苦虫を噛みつぶした様に王子の顔がまた歪む。少しの沈黙の後、わるい、嘘だ、すまんと三段拍子に言われてしまい呆気に取られてしまった。
己の内の罪悪感にやられたのか。それとも何だ、腹を割って話すという自分の言葉に矛盾を感じて嫌悪感が残ったのか。
どちらにせよ、此方にとってはどうでも良い事案だ。なのに彼は深く反省を示し、仔犬のようにしょぼくれている。
まて、それワザとじゃないだろうな。その小綺麗な顔でやってのけられると流石に私も母性本能というものが擽られるのだが。



「嘘、ですか。王子は正直者ですねぇ。で?」

「。」

「態々告発したという事は私へも関わる何かが原因なんでしょう?してその心とは。」

「、実はだな。」

「?」

「その、」



いえで、したんだ。

小さく、ほんとに小さく聞こえた言葉に思わず色んな事を忘れて絶句する。今この目の前の王子はなんと言ったか。
家出。そう家出なんて凄い言葉聞こえた気がしたので追わず素で批判しそうになった言葉を必死に空気と一緒に飲み込んでみる。どう言う事だってばよ。
いや、城出になるのか?世間一般に言う家出の城版だ。なんて続ける彼についに無表情さえも吹っ飛んだ。え、何考えてんのこの王子。え、何この巻き込まれハプニング。私色んな意味でやばくない?

とりあえずゴホン、と誤魔化しながら咳払いをして正気ですか?なんて繕い語りかける。顔が歪だと?仕方ないだろうこんな状況誰でもそうなるわ!
けれども残念ながら冗談だと否定もせずに頷く彼へ、何かどっと疲れの様な物が押し寄せてきたのは気のせいでは無い。
おわかりだろうか。もし先程の爆弾発言が真実なのだとしたら、これは、この空き家である密室空間は、私の立場からしてとっっても不味いのだ。

本人の言い分は兎も角として、城からすればいきなり居なくなった王子様。国境付近までの道のりから考えていつものお散歩、脱走癖で止まる限度は超えている。
日数はそのまま経過し、戻らない国の後継者に周囲は間違いなく困惑するだろう。では、そんな家出という意図を知らぬ王城の人間ならば事件だと解釈するのが一般的ではないか?
大々的には市民の不安を煽るから秘密裏に。大事な大事な第二王子は捜索されているに違いない。彼が行く、少しでも可能性のある場所から敵対する勢力の内側まで密偵は放たれるのだろう。つまり、



「此処が見つかるのは時間の問題、ですよ、ね?」

「ああ。まぁ、凍死するよりは良いんだが。」

「仮に兵が来たとして、その場にいる私は限りなく怪しく、犯人もしくは誘拐した人間の下っ端であると勘違いされる、と。それは、それは。」

「頭は回るのか、意外だな。」

「余計なお世話ですよ王子様。腹割って話すってこう言う意味だったんですね、とんだ暴露だ。」

「、わるい。一瞬お前が流してくれそうだったから乗ろうか迷った。」

「ご自分の穴に気付いてらしたとは恐れ入ります、これで未来のクラリネスも安泰で」

「厭味は構わん。ただし現実逃避だけはしないでくれ。巻き込んだのは此方だと重々承知はしているが、」

「。」

「すまない。言い案が浮かばなければお前は良くて牢屋行き、悪くて極刑は免れないんだ。」



恐らく彼の素なんだろう、だから頼む、打破する方法を一緒にかんがえてくないかと。そのまま身分が限りなく怪しい私へ深く頭垂れた王子に、今度は違った意味で驚愕する。
さすがは主要キャラ。いや、あの真っ白な主人公のお相手だ。今まで山の獅子の皆から聞いてきた王族貴族とはかなり違った印象である。

なのでそれ故の、少しの困惑。けれども彼はやはりまだ幼いのだと理解すれば意外と順応は早かった。自分の身の上を簡単に話し、他人を信用する行為。それは上に立つ者としてとても危うい。
だから利用される。利用できてしまう。一瞬頭を過ぎったのはこの世界で楽に生き残る為に必要な、非常に狡猾な思考で。
私ですらこうなのだから、元々この世界に存在している大人ならばこの状況をどう思うだろう。どう、感じるのだろう。考えるまでもないが。

腐敗している貴族共はそれこそどんなに些細な事でも狡賢く私欲の塊であり、自分の懐を暖める事しか脳がないのだと聞く。
それをかなり極端な意見だとは冷静に客観視出来ていたけれど、これには少し、顔を顰める事しかできない。だって、もし仮にそんな輩がいたとして、その真っ只中にこの少年がいたとしたら?
真っ黒な中に真っ白な点。今にも塗りつぶされてしまいそうで、大の大人でも逃げ出したくなる様なそんな環境、わたしだって、。

そこまで考えて、私は軽く瞬きを二回行い目伏せ答える。なるほど、と。何にも気付かなかったとでも言うように冷静な言葉を吐き出した。
その様子じゃご本人からの弁解は通じないので?なんていけしゃあしゃあと述べてみる。我ながら冷たいななんて少し思ったが仕方がない。
だってそうでしょ。彼等の事情なんぞ、わたしには、何の関係もないのだから。



「恥ずかしながら難しいと思う。だれも、俺の言うことなんて聞いてくれない。」

「、」

「わたしは、おうじだからな。」



彼の瞳がすっとまた暗くなった事に気が付く。くすんだ色。けれども一人称と共に正された背筋を見て、見なかったふりを決め込んだ王子という立場故の闇を突きつけられた気がした。
すぅっと大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。ああ、駄目だ。全く本当にとんでもない事に巻き込まれたぞと眉間に思い切り皺を寄せれば、何を勘違いしたのかは知らないがびくりと反応し、そのまま膝を抱えてしまった少年王子。
だから、態と視線を外してやった。家出の理由に察しが付いてしまった自分にも、それでも尚王子と関わりたくないとほざく思考にも嫌気が差す。如何すれば良いのかなんて、もう分かりきっていた事だった。




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