鏡よ鏡

□3滴
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嗤い声が反響する。誰かが死神だ!なんて叫んだけれど気にしない。
一つ一つ、水狼との連携を取りながら槍舞いのごとくに踊り、敵の身体へと棍棒を貫通させては渇く喉。ずるりと引き抜いた赤に怯えたのは、一体誰だったのか。
狂人ともとれる圧力に惨い殺し方。ドンッと棍を大地へ突き立てれば地面がえぐれ、破片が飛び散る。それに怯んだ敵の前頭部へ容赦なく命を奪う武器を振りかざした自分は、きっと。



「くそ、どうなってんだっ!後ろからも狼が、!?」

「ひけ!ひけー!」

「あはは、させると思う?」



馬の鳴き声と、何十人かの死体。視界が真っ暗の中、もう慣れてしまった血の臭いが森中を覆い尽くしている。
もう一度素早く棍棒を組み立てて楽団の隊列を乱してきたリーダー格の額へ突きをお見舞いしてやれば、後ろから登場した狼が彼の頭蓋骨を素早い動きで噛み砕いた様だ。
時差で次々に出てきた雑魚共と簡単に掌を返した数人の護衛役達、あと元々潜伏していた鉤爪の連中は青ざめながらも此方を見ている。

後ろの方からはクナイが弾かれる音と共に見知った音色の怒声が一つ。どうやらオビも先陣切って接近部門へ参加している様で、拙い動きではあるが一座の団長殿も前線に出て陣形を整えているらしい。
そしてそんな彼等を援護するように、残りの狼達も敵へ噛みついては注意を逸らし、逃げ場を無くす様行動を取っていると感知出来た。
水で出来ている為、攻撃しても死にやしない。どんな攻撃をしても再生を繰り返し襲ってくる見たこともない獣は敵の戦意を削ぐのには十分で。
まぁ、一部味方まで畏怖して足踏みしてるのは頂けないが結果は上々ってところだろう。

護衛対象達は馬車の中で震えているものの、死人はなし。組み替えが行われたおかげで戦況は此方の不利が目立ってしまったが、代わりに信用できない人物達もあぶり出せた。
あとは待ち伏せ地の利に長けさせた水狼組で一網打尽。残った護衛チームと私でこの前方に固まっている先手を打ってきた敵さえ討てば勝利は目前だ。



「ユエ、ユエってば!自重してよもう!」

「なぁに。もうへばった?」

「ちっがーう!あんまり突っ込んで行かれるとフォローしきれないって事!」



そんな悪態を吐きながら、えいや!っと戦輪を投げて私を援護したのは遠距離戦に猛る新たなお隣さん、ピノである。オビとは違い、オールマイティではないが中々に動きが良い。
くるくるとリズミカルに戦輪を投げては受け取り、投げては回る彼女は私の背後の敵から順に仕留めており、だからこそこうして敵陣へと特攻出来ている訳だのだが。
仕方が無いと思いながらも改造棍を素早く片付け、用意していた紙をやっこさんの懐に数枚潜ませてやる。そのまま逃げていく彼等に手を振っていたら、ピノが慌てて此方へ寄ってくる気配がした。

ユエ!だなんて、そんな大声を出した彼女へ視線を向ける。おや、なんだいその表情は。そう言えば逃がしちゃって良いの?なんて問われたがそんなそんな、愚問だわぁ。
不満げな顔を隠しもしない彼女へにこりと笑う。瞬間向こうの方でドカンと一つ、火柱が上がった事に気がついた相方はお笑いにでも出られそうな勢いで顔を歪めていった。



「はは、ピノ。口が開いてるよ。」

「え、え?ええ!?ちょ、何あれ!火薬でも仕込ませたとか?」

「そんな所。これで向こうの仲間と一緒に全員死んだねぇ。」

「うわぁ、えげつない。あたし貴女だけは敵に回したく無いや。」

「お褒めの言葉かな、有難う。」

「ほめてないよ!避けないで!」

「やだよ、軽くでも殴られたら痛いじゃない。」



きゃんきゃん叫びながら子犬の様にじゃれてくる動作と問いを笑って受け流す。後ろを振り返ればアンジェが馬車から出てきて此方に走ってくるのが見えた。
どうやら事は収まったらしい。馬車付近には団長殿や一座の人間、オビを含めた数人の護衛達が水狼と共に円陣を組んでいる。
三人でその輪へ入ればバチリと視線があった彼。や、無事で何よりとそんな意味を込めてまたにこりと笑っておけば、オビは此方から視線を外し、頭の後ろで手を組んだ。

ちらりと彼の意識の先を追えば、それは水で出来た狼に注がれている。勿論言うまでもないがそれは彼だけではなく、やはり皆も警戒は解かずに色んな視線を獣達へと向けていた。
ある者は恐怖を。ある者は感謝を。ピノやアンジェも少し怖いのか、不安そうな顔をしつつ水狼から距離を取っている。
まぁ当の奴らといえばお行儀よくお座りしているし、もし初見だとしても敵意がないことくらい分かりそうなものなのだが。
つか心なしか此方に褒めて!褒めて!みたいな視線送っている気のせいか。やめて。私が関係してるってバレるじゃない。



「まずは一座の全員、生き残れたことに感謝を。ありがとう。そしてすまない。まさか一部物資の運び屋にも盗賊達が潜伏していたとは思いもしなかった。私のミスだ。」



団長殿の澄んだ声がその場を包み、ざわざわとしていた空気が静まりかえる。そして人の良い彼はあの水狼達にさえ頭を下げた。
有難う、君たちのおかげで何人救われた事かと。さすが若くして団長を務めているだけある。そんな言葉で何人かがハッとしたように顔を引き締めた様だ。
もう、あの狼達を畏怖の対象で見る人間はこの場にはいない。日雇いの護衛達は兎も角、一座の人間は全員敬意を示し、彼に続いて頭垂れていった。

そんな行動は此方としても予想外だったが、良い具合に潮時だなと。そう思って水狼達へ目配せすれば彼等は意図を読み取ったのか、一鳴きしてからその場を後にする。
森の奥深くへと走っていくその様子を全員で見送りながら、私は一人自傷めいた顔を必死に隠していた。そう。もっと、もっとだ。遠くへ走れ。そして消えろ。
そんな深い暗示をかければここから数キロ離れた場所で彼等は力尽き、元の水へと還った様で。これで一段落だなと思わず吐いてしまいそうになる安堵の息を必死に飲み込んでは目を伏せた。

不思議な事もあるもんだと、誰かがぽそりと呟いたのが聞こえてくる。結局あれは何だったのか、今そんな疑問を態々口にするバカはいない。
神秘的な空気に触れ、彼等が幻でも妖でも、確かに我々は救われたのだときっと私以外の誰もがそう感じているのだろう。
その事実に痛い、だなんて。思わない。異端なのは初めから分かっていた事だ。それはこの身に流れる黒液が彼等との違いをはっきりと現している。

今更だった。本当に、今更。山の獅子の本拠地から出る時、愛しい第二の家族へ別れを告げたとき。私は決めた筈だった。
これを受け入れ、これを信じ、それ以外とは距離を置く。信じられるのは自分だけ。そしてこの、異端染みた特典だけだと。
これはわたしの矛であり盾だ。それがどれだけ複雑であろうが、受け入れないなんて選択肢はない。



(もし、ばれてしまえば)



細く、ほそく目を開ける。少しだけ、誰かさんから視線を感じたのだがそれに気付かぬふりをしたのは正解だろう。
先手があの狼だと気付かれていたのならば奴らの存在を知っていたと誤魔化せば良いが、それ以外を勘ぐられては非常に困る。
なにせアレが人の手によって作られた魔物だなんて露見すれば、敬意、だなんて。そんな生易しい感情が向けられる訳無いのは目に見えているのだから。

良くて信仰対象への利用。悪くて兵器。あるいはこの身体事、実験体にされるなんて事もあり得るかも知れない。
人身売買だけじゃない。死すらも安息に思えるような拷問なんてこの世にはいくつも存在している。
それは避ければなるまい。けれども、頼らず生きていく事も出来やしない。いや寧ろ、定期的にその異端の象徴である特典を使わなければ私の身体は、



「さぁ仕切り直しだ。今後の話をしよう。」



パンっと団長殿が手を叩いた瞬間、私は自身の思考に歯止めをかけた。考えても仕方がない。私はそうならない様、生きるだけなのだからとそう結論づけては彼の言葉へ耳を傾ける。
一言二言。簡単な挨拶が続いた後に伝えられたのは、此処からもう少し進んだ先の広場で今夜は休息を取るとの決断だった。
楽団の人間達は興奮してしまった馬をなだめて一足先に護衛チームと共にその広場で野営の準備を。団長殿や護衛から選抜された一部の人間は周囲の見回りと万が一の為に避難経路の確保へ努めるらしい。

なるほど、良い判断だ。確かにこの暗さだと無闇に動くのも隙が出来て得策ではないし、冬の夜という自然も軽視はできない。
もし奴らの残党がいたとしても陣営を構えて防御態勢を整え、襲撃に備える方が体力も温存できて丁度良いだろう。異論は無いな。



「では方針はそれでいいね。ナナキ君、君は僕と見回りだ。」

「あいよ。」

「次にアンジェ、そしてピノ君。君達は野営を取り仕切ってくれるかな?」

「分かったわ。」

「あいあいさー!」

「うーん、あとはそうだな。出来ればもう一人、護衛の中から見回り組に来て欲しいんだけど、。」

「あ、じゃあユエお姉さんなんてどう?」

「え。」



思わずそんなオビの提案に感情がのった声音が出る。全員の視線が貫いて居たたまれない。なんという事だ。
オビを睨み付けると、ニヤニヤと性格の悪そうな笑みを頂いた。団長殿は私が組み替え交渉した事を知っているから、困った表情を作り出している。もう一度言おう。なんという事だ。

何故白羽の矢が当たったのかも分からないまま、私は咳払いをして意見を言う。自分はピノと相方なのだ。野営組の方が良いのでは?と。
しかしそんな言葉に反対したのはまさかの彼女本人で、ピノ曰く問題はない、それより少しでも敵と遭遇した事を考え戦力はそちらに回した方が良いとの事。
いやはやとんだ伏兵である。これは組み替えの原因は私と彼にある事を彼女へ話しておくべきだった、撃沈。



「なぜ、ユエ君なんだい?理由は聞いても?」

「んー?もし敵を蹴散らすなら長物の方が効率良いと思ったからだよ。俺一人じゃ囲まれた場合、アンタ抱えて逃げらんないでしょ。」

「、それは私を囮にしたいって事かな、ナナキ君?」

「ははは、お姉さんなら大丈夫だってぇ」

「棒読みにも程がある。否定しなよ君。」

「まぁまぁ、でも一応一理はあるじゃない。正直ユエは一人でも強いし、この中でだと臨機応変も効きやすい。」

「、」

「戦闘の場合囮云々は無しだとしても、不器用なあたしよりはサポート上手なナナキの方が戦いやすいと思うよ!」

「あれ?ピノ嬢ってばえらく俺を持ち上げてくれるねぇ。」

「噂は依頼受け場で色々聞いてんのよ。ここに居る皆もアンタのすばしっこさや実力、理解してると思うけどな。」

「へぇー。だってさ、お姉さん。」

「そこで私を見るんじゃない」

「じゃあ団長。どう?」

「うーん、しかしだな、。」



なんだかんだで義理堅い団長さんはどうやら出立前の私の意思を尊重し、渋ってくれている様だ。しかしながら、逆にまぁここまで押されてしまっては受け入れないと不自然だろう。
正直ある程度の戦闘後である今、公の場で断る理由が見つからない。というか、現に見回り組が確定しているオビ直々からの相方指名だ。
今更拒否した所で代わりに奴の補助を名乗り出る者も居ると思えない。や、だってあいつ囮とかガチ個人プレイします宣言しやがったとこだし、誰でも嫌だっての。なんて奴。

彼一人と団長殿だけで調査へ向かわせる訳にもいくまいにと、そこまで考えてはため息を吐いた。
分かったと小さく頷けば、団長殿がご丁寧に良いのかい?と最後の確認を行ってくれたのだが。間違いなく今のメンバーから見て動けるのは私とピノ位なので仕方ないと割り切ってみる。
ほんっとうに残念な事に、残りは戦えない治療士に防衛へ残した方が良い近距離専門の人間が少々。後の動けそうな者は全員軽くとはいえ負傷者で調査には向きそうもないのだ。
丁度少し確かめたい事案も出来た事だし、これを機に少し探索するのもいいだろうって事で納得しておこうじゃないか。勿論、それもオビの目を掻い潜ることができればの話なんだけれど。



「決まりだね。では、解散!」



じゃあ健闘を祈るよ!と元気よくピノは私の横を去り、皆も各自それぞれの持ち場へ戻っていった。半眼になりながらそれを見送れば、後ろから団長殿とオビがゆっくりと近付いてくる。
よろしく。そう言われて白々しく差し出された手を敢えて握ってやれば、ギリギリとお互いの手が悲鳴を上げたのが聞こえたらしい。
団長殿の顔が些か引きつり、額に手を当てたのが見えた。いや、だから気が合わないって初めから言ってますやん、すいませんね。







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