鏡よ鏡

□2滴
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「あ、自己紹介いります?ナナキです。偽名です。本名やその他諸々は秘密です!」



ニコニコと笑いながらそう言ってのけた奴のことを好意的に思った人間は何人いただろう。
偽名かよ、つーか偽名とばらすなよ。なんて突っ込んだのはこの度一緒に護衛依頼をこなす何でも屋達だ。
柄の悪そうな手練れから、人良さそうな治療士まで。とある楽団に雇われた数人の中に、そいつはいた。

あ、おねーさん次だよ。なんてこちらに話しかけてくる、原作より少し幼い雰囲気を残す青年の名はオビ。言わずもがな未来にクラリネス第二王子付伝令役から直属騎士になる主要キャラである。
そういやナナキなんて偽名名乗ってたなーなんて思いながら、小さくユエと呟いた。ユエお姉さんね!よろしく!なんてニコニコとしながら握手を求めてくる癖に、隙は全く見せない辺り。原作通りな人物とみて間違いないだろう。
飄々として、自分にも他人にも全く興味が無い。浅く広く、どこにも執着しない雰囲気を持つ彼は、世界そのものの枠組みに執着している私とは正反対な印象だ。

ふいっとそんな事を考えつつその手から視線を外すと、ありゃ?なんて声が聞こえてきたが気にしない。
ユエという名も元々山の獅子の皆から身を隠す為の偽名として考えていたのだが、実際には他人から必要以上に深入りさせない為の線引きでもあった。
偽名を使えば相手との間に一枚分厚い壁ができあがり、口調を少し堅くすればそれは自分ではないような錯覚に陥ることも出来る。
要は自身を客観視出来る分感情移入がしにくくなり、余計な動揺を防ぐという作戦だ。

そしてそれは主要キャラに会ったとて同じ効力を発揮してくれている。少し揺らいだ心の動揺を隠す為に自然的な動作で距離を取れば、まだ違和感のある名前へ苦笑した。
急に呼ばれたら、振り返れる自信はまだ無い。しかしとりあえず要件の顔合わせはすんだのだ。これ以上出立時間まで此処に止まる理由もないだろう。
依頼人の楽団の一員である踊り子の女性に声をかければ、予想通り奴もそれ以上は追いかけてはこず。他の仕事仲間に声をかけにいったのでとりあえずはまぁ良しとしてみる。
ため息をつけば目の前の綺麗な踊り子さんが首を傾げた。それに対し、何でも無いよとへらりと愛想笑いしておく事は忘れない。



「うーん?体調が悪いのかしら?団長は最後の点検中よ。クラリネスまで結構長いから、今の内に天幕に入ってゆっくりしておくと良いわ。」

「、恩にきる。まぁ具合が悪いわけではないんだけどね。」

「そう、ならいいのだけど。あ、忘れていたわ。私はアンジェ。これから数ヶ月間、どうぞよろしくね!」



にこりと笑う彼女は名前を述べた後、これまた人良さそうな表情を浮かべて手を振りながら去って行く。元気な人だ。流石は客商売してるだけあるな。
感心しながらも有り難い申し出には変わりないので、遠慮無くその一座の休憩所ともいえる天幕の中に入り、水分を取らせて頂いた。ふう、と息をついて体の汗を軽く拭う。
どうやらオビとの遭遇は、思ったより衝撃的だったらしい。今飲んだくせに喉がカラカラに渇いていることに気がついて、思わずまた苦笑を漏らしてしまった。

事の初めは白雪の居る町から出て丁度一週間。そろそろ手持ちの金も尽きてきたのでちょっと一稼ぎしようと思い、護衛の依頼を引き受けたことから始まる。
このタンバルンの国境付近から隣国のクラリネスにある北の大地、リリアス付近まで。定期的に街や砦に寄り道し、催し物をしながらの数ヶ月間に渡る護衛は思ったより人数が必要だった。
知る人ぞ知る依頼受け場に顔を出せば、国から出ると言った私へ良い話があると紹介してきたのはこれまた顔なじみの若い男。
一応ユエで通し、山の獅子の皆への口止め量としてその人手が足りていないという楽団への仕事を引き受けたのだがしかし。

間が悪い。そう率直に思った。そういえば原作で、オビが昔楽団の護衛してたって書いてあった気がしなくもないが、何にせよそれと被るなんて誰が予想しよう事か。心臓止まるかと思ったわ。
裏の汚い仕事ではないと分かっていたし、顔なじみに対しての義理もあるので多少面倒でも引き受けたのだが、これはもっと慎重になるべきだったかも知れないと一人ごちる。



「はー、期間長いのが厄介だな。」

「ほんとにねぇ。」

「、」



一瞬確実に息が止まったのは、言うまでも無い。

固まってしまった体と顔をギギギと動かせば、隣の天幕とつながっていた後ろの出口からさっき離れたはずの青年がやぁ、なんて声と共に現れる。
相変わらずニコニコ笑ってこちらに近づいてくる奴に対し、普通に口元が引きつってしまった。何なんだこいつ。他の同業者のとこ行ったんじゃ無かったのか。つか完全に気配しなかったんですけど。

イトヤから散々言われていたのに気を抜きすぎたのだろうかと、色んな意味で頭が痛くなり額に手を当ててみた。
幻覚でも幻聴でもなく、その場に青年の緩い声が響き渡る。お姉さんてば配置図持ってないよね?はい。なんて言いながら小さな紙を渡してくるオビになんと言えば良いのやら。
まってくれ。私の動揺がまだ収まらない。つかお姉さんておま、偽名よどうか働いてください。一回しか効力ないとかマジ頼むわ。

仕方なしに差し出された紙を受け取ると、そこに描かれた馬車の図と赤い二つの丸に嫌な予感が駆け巡る。
それを気のせいだそうだそうだと頭の片隅に追いやり、一応お礼を述べて外に出ようとしたその時だった。
突然捕まれた右腕に熱が宿る。なんだと視線を向ければ奴はまた、ニコニコと感情の読めない表情を作りながら話しかけてきた。



「おやぁ?お姉さん、もしかして鈍感だったりする?その配置みて分かんない?」

「、気のせいかと。」

「はは、残念。俺とお隣さんなんだよねぇ。ついでにさっき軽く聞いたんだけど、この楽団。なんか連携もって二人一組行動がルールらしくってさ。」

「。」

「お姉さんはめでたく俺とツーマンセル、ね?」



ね?じゃねぇよ。と素で飛び出しそうになった言葉をやっとの思いで飲み込んだ。勿論私が欲しかったのは否定の言葉である。
何が悲しくてお近づきになりたくないコイツと数ヶ月間ツーマン組まんとならんのだとか思いつつ、捕まれた腕を振り払えば彼が大げさに両手を挙げた様だ。
その巫山戯た動作に睨みを効かせると、あれ?やっぱ俺嫌われちゃってる?なんて態々言葉をぶつけてくる奴に正直内心呆れしか出て来ない。

あ、でも見たところお姉さんも個人プレイヤーでしょ?良かったじゃん、相方居たら肩身狭いだろうしと聞いてもいないのにペラペラ話す青年をこう、どう始末してくれようか。
前金を頂いている身では護衛を今更降りるわけにもいかないし、いや、まだ出立していないんだ。一度抗議してみるのも有りだろう。
要は互いの相性が悪いと、そう言ってしまえばそれで良い。護衛というものはチームワークが乱れれば守れるものも守れないと手練れの先輩方からも聞いた事があるし、十分な理由になる筈だ。
特にさっきオビが言っていた情報が正確なのであればあるほど協調性を大事にしている楽団だろうし、そんな意見も通りやすいはず。うん。よし、そうと決まれば事は急げだ。



「団長殿はどこ。」

「え?さっき奥の天幕で見たけど?」

「そう。」

「ってちょ、ま、お姉さんどこ行くの!そろそろ打ち合わせしないとすぐ出立時間なんだけど、」



あーあ、行っちゃったよ。なんて後ろから聞こえるが総無視である。止めてくれるな。時間が無いからこそ急いで団長殿の所に行くんです。ばーい。

そしてそのまま振り返らず。コツコツと歩を進めれば、オビの言う通り一座の長というには少し若い男性が数人に指示を出している。
声をかければその和やかな笑みを頂戴した。アンジェと同じくとても柔らかな雰囲気である。流石だ。
関心しつつ先程思いついた意見を言えば、予想通り、考えてみると言ってくれた団長殿はもはや神に等しかった。よしよしこれで色んな意味で安泰である。



「しかし、すまない。もう割り振りを済ませてしまっているから、少し組み直しに時間が掛かってしまうけど良いかい?」

「意見を聞き届けてくれるだけで有り難いですよ。雇われている身で申し訳ない。」

「いやいや、こちらこそ守ってもらう立場だからね。それに出立前に言ってくれて助かったよ。もし事が起こってからじゃ遅いから。」

「、最近治安が悪いと聞きましたが、そんなに?」

「うん。道中森をぬけるんだけど、夜には盗賊やら人攫いやらがでるらしくてね。商人や楽団は武術の心得がない者も多いから格好の的なんだ。」



ふむ、とそんな言葉に少し考える仕草をすれば、何を勘違いしたのか団長殿から君も女性なのにすまないねと困ったように言われてしまった。なんと紳士。
とにかく数日程度まってくれ、森に入る前には必ず組み直すと快く言ってくれた彼に一礼してから天幕を出る。心は先程よりも少し晴れやかだ。

くるりと見渡せば、先程顔合わせをしたメンバーが二人一組になって数組に分かれているのが見える。恐らく今後の話をしているのだろう、仕事熱心な事だ。
観察していれば武具持ち物等から接近専門と治療専門、調査専門に遠距離専門。どうやら上手い具合に連携がとれるよう、配慮されている事に気がついた。
それを崩してしまうのは少々罪悪感に駆られるが、まぁ致し方ない。そこら辺は彼等もプロだ、何とかなるだろう。

くぁっと欠伸を一つ。それから木陰へ移動し、もう一度よく見れば向こうの方でアンジェと団長が会話しているのが見える。
その隣へ視線を動かすと数匹の馬に乗せられた積み荷が車体の中へ積み込まれていくので、一応それを眺めている人物をマークしておいた。
これから一緒に過ごす仲間を疑いたくは無いが、念の為である。穏便に過ぎてくれたらいいのだけどねぇ。見た事ある様な天敵の部下も何人か見かけたら、防衛しとくに限るのよな。ね、鉤爪さん。



「んで?話は終わったの?」



つーか思いっきり此処海じゃなく陸なんだけどと一人思考に突っ込みを入れていたら、頭上からまた緩い声が聞こえて半眼になる。
恐らくさっきから木の上にあった気配はコイツだ。あえて無視してたのに何故に話しかけてくるかな。取っ付きにくい印象は数十分前に植えつけた筈なんだけども。

ため息をつくと上からストンと隣へ降りてきた青年は、私の横へ遠慮なしに腰掛ける。
仕方が無いから彼の方へ向くとまたニッコリとエセ笑顔を頂いたのだが、何なんだこいつ。もっと他の同業者と親睦深めるなり周囲見てくるなり、色々仕事はあるだろうに。



「、君ね。暇なの?」

「やだな、アンタを待ってたんだよ。期間限定とはいえ組む癖に、俺の言う事聞き耳持たずにどっか行くし。まぁどうせ組み替え交渉って所だろうけど。」

「ご明察。君とは気が合わなさそうだからね。」

「はは、同感。正直俺もそう思ってた。」



にっこり、ニッコリ。笑っている筈なのに重苦しい空気がその場を包み込む。近くで荷を纏めていた一座の人から少し痛い視線を食らったけれどまぁ仕方ない。諦めてくれ。
兎も角そのままずっとそうしている訳にもいかないので、とりあえずさっき頂いた配置図に目を通すと我らが護衛の位置は丁度真ん中辺りだという事に気がついた。
嫌な位置だ。味方が前後に存在する所為で横から体制を崩されたら退く事も出来なければ、隣に護衛対象が居る為持ち場から動く訳にもいかない。

ムスリと顔を顰め、やっと打ち合わせどうこう言っていた隣の彼の意図を理解する。これはもしもの襲撃時の為に、ある程度の行動を話し合っていなければ命が飛んでいくだろう。難儀なことだ。
ついっと奴の方に視線を送れば、やっと話す気になってくれた?なんて馬鹿にされた様な笑みと言葉を頂戴する。
だがそれに少し目を見開いて固まってしまった私がいた。動かない私を不振に思ったのか、オビが軽く手を振ってくる。おーい、お姉さん?ユエお姉さんてば。なんて聞こえるがそれどころではない。



「なんだ、そんな顔もできるの。」

「、え?」



ぽかんとした顔に思わず笑えば、彼はなんだか居心地悪そうに身じろいだ。気持ち悪い、何急に。なんてぽそりと呟くオビに今度は大きく吹き出してしまう。
なんだ、そうか。私は主要キャラとかそんなの関係なしに、ただコイツの胡散臭い笑みが気にくわなかったのだとやっと理解した。
要は私の場合、感情を隠して執着しない様に線引きするための道具は偽名だったのだけれど、彼の場合はその笑みだった訳である。

これは傑作だと、一人嗤いが止まらない。きっとどこかで私は彼というキャラクターが羨ましかったのだ。
飄々と生きる事を許され、誰にも深入りしようとせず、けれども原作が始まる頃には約束されている掛け替えのない出会い。仲間。そんな未来が待っている彼を、とても。
世界に受け入れられているその存在は容赦なく私を嘲笑ってくる癖に、それでも無を装うからとっても気に入らなくて。

だからこそそんな笑みから感情が読み取れた瞬間、色んな動揺と拒絶が少し薄れたのだろうと思う。
それはまるで白雪と会話していた時のように。私はたった今彼の事をオビというキャラクターではなく、とても不器用な一人の男の子だと認識してしまったのだ。
まだ幼い要素を残す、この世界に執着のない危うい青年。そんな彼と会話している事が、とても不思議な感覚で。



「ふふ、君。そっちの方がいいよ。その方が取っ付きやすい。」

「、意味わかんないんだけど、。」

「ああわらったわらった。」



ぐっと伸びをして立ち上がり、気にしなくて良いよとふんわり笑っておく。
怪訝な顔つきにまた吹き出しそうになるのを堪え、そこらに落ちていた木の棒を拾い、地面に絵を描いていけば察した彼が小石を複数個持ってきた。
馬車に見立てた絵心のない四角い箱を連ね、オビがその両端や少し離れた左右に拾ったばかりの小石を不規則に並べていく。








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