生と死の境界線

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「それで?君はいつまでそうしているつもりなんだ?」

「え?いきなりどうしたの?」

「馬鹿にするのもいい加減にしてくれ。僕が愛する人を間違えるわけ無いだろ。」



愛する人発言に惚けていれば怒られた。あ、うん今素だったわぁ。

ベットの上でゴロゴロと、彼女が寝静まってから行動する決まった夜。そういえば最近いつも君がいたな、なんて考える。
その顔立ちは画面越しで確かに見覚えがあるにも関わらず、話し方や性格は全然知らないし分からない。
クールぶってる割には熱血で、今日も今日とてそいつのくだらない愚痴に付き合っていた筈だった。



「初めから気付いてる。大体、愚痴を言うとキャナリはいつも怒るんだ。それがどんなに些細な事でも。」

「、うわぁ、それは盲点。相変わらずお綺麗なんだな、彼女は。」

「。いや、僕が言ったのは重々なんだが。切り替えはやいな、君。」

「やだな、セナでいいよイエガー。」

「、イエガー?」

「あだ名。」

「待て、名前に掠ってもいないんだが?」



やれ上の連中は腐ってるだの、かの騎士団長はかっこいい憧れだだの、キャナリと同じく本当の騎士という者に憧れている目の前の青年は皆様ご存じ過去のイエガーだ。

優しい世界からお休みした一月後。意外と早く目が覚めてしまった私の目に映ったのは変らぬ帝都、ザーフィアスの夜空だった。
窓の外では相変わらず結界の光が眩しくて堪らない。そして彼女の長い髪が私自身の感覚としてふわりと風に靡いているのも変らず、なんとも呆れてしまった事を覚えている。
見慣れたキャナリの部屋。そりゃ数週間なんだから変化する訳も無い。けれど、隣には驚く事にいつも見知らぬ男が存在していた。

ああこいつ、イエガーか。そう思いつくまでに時間なんぞ要しなかったが、いかせんあまりにも出会いが唐突すぎて。
服を着ているならまだしも彼も、私ですら真っ裸だった時には一瞬目眩がしたものだ。目覚めるまでの感覚共有なくてほんとに良かった。生々しすぎる。

そんなくだらない事を考えていたとバレたのか、イエガーから少し怒った様に鴇!なんて呼ばれて驚愕した。
あれ、きみ、知ってたの?とぽつりぽつり呟けばキャナリから聞いた。というかキャナリと話すといつも君の話題で持ちきりだ、なんて有り難いお言葉を頂戴する。
はは、ざっまあ。少しだけ出てきた謎の優越感に浸りながらも、そう吐き捨ててやったらため息を吐かれたが気にはしない。
窓に腰を掛けつつコーヒーを飲んで、静まり返る夜空に今夜も心底安心した。会うのも話すのも初めてでは無い癖に、今まで黙っていたのはお互い様だった。



「キャナリの身体で夜風に当たるのはやめてくれ。」

「おや色男、愛する人じゃ無いのに優しくしてくれる理由はなぁに。」

「いろ、!?ああもう、言わなきゃ良かった。なんでキャナリの口からそんな言葉聞かなきゃならないんだ。」

「うーん、今まで周りにいなかったタイプだな。そんな一言一句拾い上げてて疲れない?」

「所感を述べないでくれ!君が煽ってくるんだろう!?」



そう言いながらもストールを肩に掛けてくるあたり、よっぽどキャナリが好きなんだろうなと考える。
だって愉しいしなぁとぽそりと呟けばこら!っと可愛らしい声に似合わぬ力で頬を摘ままれた。あ、前言撤回。コイツ恋人の身体だろうが容赦ねぇわ。

じろりと見れば、そう、その瞳なんだよなと。頬から外した手を自分の顎に当てて少しだけ冷たく微笑まれる。
何がと問えば、どこかの誰かさんが言った様に冷たくて人の心が空っぽだと言われてしまった。本当にこいつ、キャナリと類友である。死ねば良いのに。
そんな自分の言葉に呆れてふいっと目を逸らし外を見た。私もわたしでそうやって絆されていくのだなと、暗闇の中に光る結界を見ながら肯定する。そしてその彼が先程私へ向けた言葉を思い返し、目を細めた。

いつまでそうしているのかと。巫山戯た問いだなと思いつつ肩を竦めてみせる。今日も彼女の声は聞こえない。彼女にも私の声は届かない。
けれど彼女が眠る、つかの間の間だけの交替に隣の男は終止符を打てと言ったのだ。何故?このまま事を起すとしても、彼女に知られぬまま進めれば余計な邪魔も入らないだろう。
それに、どうやって?くるくる回る思考は否定の言葉ばかり。だって魂の共鳴とやらに促され交替できるようになったものの、彼女は私が未だ眠り続けていると思っているのだ。
それこそ目の前の男が口を滑らせない限り。キャナリが私を認知する事はないだろうと分かりきっているからこそ、わたしは現状から動かないのである。



「、滑らそうか?」

「。」

「勿論意図的に。」



存外頭の回転が速いのは、流石あのキャナリの恋人である。此方の思考を読んだかの様にイエガーは沈黙を貫く私へニッコリと微笑んだ。
勿論私が頷くわけが無いと理解した、計算され尽くした問いだった。それほどまでに彼は私の事が嫌いらしい。冷たい、彼女とは違う気配がする。
当然そんな安い挑発には乗ってやらないけどねなんてため息を吐きつつ、男の嫉妬は醜いなぁと煽ってやったら慌てて否定し怒られた。いやそこは躱せよ素直か純情派め。



「まったく。僕にセナと名乗った事といい、君はあわよくばまた別人格がキャナリに出てきたと思わせたかったんだろうが」

「、まぁ。知ってたとしても鴇ではないと思わせられれば十分だったよね。」

「それは残念だったな。そもそも一番初めに気付いたのは僕だ。騙される訳が無い。」

「ふーん。アレクセイに報告を上げてた優秀な部下って君の事だったの。」

「そうだ。それにその騎士団長も君がセナで鴇だって知ってるぞ。名前のチョイスを間違えたんじゃないか?」

「え。」



突っかかってくる仔犬の様な彼にひょいひょい構っていたら、聞き捨てならない情報が飛び込んできて固まってしまう。
え、キャナリ??私の事どこまで話したの?お姉さんちょっと吃驚だよ。

ぎょっとして振り向けばやっと此方の表情が変った事が嬉しかったのか、彼は何やら満足げな顔をしていた。じっと見つめた後、何が目的と聞けば別に?さっき言ったろだなんて返されてしまう。
さっき。つまりは私が目覚めている事を彼女が知り、認知され、それで?それでどうしろと。全くもって意図が分からず少し殺気立ってしまったのはご愛敬だ。
仕方なしになんで君は彼女と会わせたがる。私は彼女の邪魔にしかならない筈だと続けて言えば、そういう問題じゃ無いんだよと。此方の雰囲気へ飲まれずこんな時だけ飄々と躱すイエガーを正直ど突きたくなった。



「キャナリは悲しんでる。君のこと。君の母のこと。弟のこと。」

「、」

「守れなかったと悔いていた。」

「傲慢な思考だね。」

「、そうだ。けれど現にこうして起きてくれた。それだけで彼女は救われる。」

「。」

「本当に、理不尽だよ。なんで急に現れた癖に彼女の心の大半を君が担ってるんだろうな。」



僕でなく、他の誰でもなく。君が必要なんだと気づいてるだろう?そう言いながら、澄んだ瞳が私を射貫いた。
思わずたじろいで後ろにある窓の桟へ手を置けば、じりじり詰め寄られて物理的な距離が近くなる。
ついにはぐっと腰を引き寄せられ、鳥肌が立った。イエガーの胸の中で考える。なぜだ。鴉やティソンの時はこんなに気持ち悪くなんか、なかったのに。

一瞬戸惑って、そんな思考を振り払うかのようにキャナリの身体へ力を込めた。だがハナの力は案の定私の思惑通り、彼女の身体から形を潜めている様で抜け出せない。
そんな結論に至った末に全身から血の気が引いて真っ青になった。イエガーの吐息に熱が籠もっている。
ちがう。こいつは私を見てはいない。キャナリだ。私なんぞそっちの気で、唯々彼女の身体を慈しんでいる。そうに違いない。



「きみが、もっと悪い奴だったら良かったのに。そしたら僕はもっと君を嫌えたんだ。」

「っ」

「納得いかなかった。キャナリの話では凄く冷たい人間なのに、彼女はそれをとても大切そうに語るから。」

「、」

「実際君に出会ったとしても印象は変らない。煽って躱して、瞳はいつも此処とは違う場所を見ている。」

「、そう、だな。今の私は幽霊みたいなもんだし、彼女からすれば乗っ取り屋みたいなもんで」

「ちがう、そうじゃない。どうして君はそう!」



引きつり気味にやっと言葉を絞り出したのに、がっと肩を掴まれ容赦ない追撃に襲われる。真正面に来たイエガーの表情は、どこかとても苦しそうだった。
何故そんな顔をするのか、訳が分からなくて情けなく思う。いや、本当は分かっている。彼の言いたいこと、キャナリのこと。でも、それではいけないのだ。
だから私は微笑んで、わたしは目を据わらせた。そしたら奴は少し驚いて、沈黙の後、小さな声でこう言った。

君はずるい。そう確かに聞こえたか細い声にワザと首を傾げてやる。視線が下がったまま軽く俯いた彼の瞳は暗くて、感情の機微すら読み取れなかった。
もう一度、狡いと言葉を吐き出した後。彼から紡がれた言葉に柄にもなく動揺した。君は仲間だと。幽霊でも邪魔者でも何でもない、唯彼女にとっての大切な者なのだと。

予想通りの言葉過ぎてふっとキャナリの顔で嗤ってしまったら、イエガーがムキになって更に言葉を重ねて来たので恐れ入る。
無言で言うなと言ったのに。空気の読めないバカを相手にしている暇など無いと目を伏せた。何故嗤うのだ。何故僕らを見ないのだ。確かに君は、此処にいるのに。
そう言い切った彼にまた顔が歪になってしまったのは仕方の無い事だろう。ああ、なるほど。これが鴉やティソンには感じなかった、嫌悪感の正体か。



「、ここにいる?だれが。」

「君が、」

「勘違いをしていないか。」



口調が険しくなる。久々だった。私の拒絶を空気で感じ取ったのだろう、かの青年が目を見開いて固まってしまうが問題は無い。
彼女に似せるため柔らかくしていた、過去の私の様な声音を鋭く尖らせる。簡単な話だ。気を抜いていた事が君を絆してしまった理由だというのであれば、それを取ってしまえば良い。



「彼女やお前がどう思うが、私はお前達が大っ嫌いだ。」



分かりやすい威嚇を受け取りぐしゃりと顔を歪めた彼をそのままに、私はイエガーの手を振り払う。
夜明けが近い。だから彼女が起きる事を理由にそのまま逃げてしまおう思ったら、何処からか拍手が聞こえて来たので音が鳴る方へと視線を向けた。
きぃっと静まり返った部屋のドアが開く。早朝に失礼と入ってきたその男に、私達は同時に息を飲み込んだ。それまでの会話などつい忘れてしまう程の、キャナリの部屋へ訪れる訳がないと思い込んでいた人物。

そう。いつもの甲胄姿ではなく、少しラフな格好をした騎士団長はとてもレアである。ハッと我に返ればアレクセイはクツクツと子供が悪戯を成功させたかの様に笑っていた。
いやすまない、あまりにも突っぱね方が見事であったからと。そう穏やかに言うものだから、思わずまた素に返って嘘だろ、なんて呟くイエガーにこくこく頷き同意する。
ぷはりとこれまた耐えきれないとでも言う様に、一頻り笑いまくった白い彼は本当にあの黒幕なのか。いや、勿論今は歪んでいないと理解しているがしかしだな。



「、イメージが崩れて反応に困る。」

「奇遇だな、僕もそう思っていた。」

「く、君達は本当に仲が良い。」

「「っそんな事、」」

「はは!隠さなくて良いぞ、彼女から聞いているからな。」

「「!?」」



その単語からいよいよ分が悪くなってきたと咄嗟に判断して外へ出ようとすれば、案の定待ちたまえ、なんて言われて拘束魔術っぽいのを使われてしまい、逃げられなかった。なんたるエアルの無駄遣いだ。
ぐるぐる巻きにされて床へ座り込んでしまったキャナリの身体を見つめて、思い切り顔を顰めてしまう。そのまま君が大人しく聞いてくれるのならば解除しよう、なんて言うアレクセイにもうなんと言って良いのやら。
これ以上の面倒事は御免だぞと、内心悪態吐きながらも隣に佇むイエガーを見る。奴はやっぱり助けてはくれなかった。いや、というか寧ろこの顔は。





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