生と死の境界線

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日本の桜。それを連想させるハルルの結界魔導器が、綺麗に咲き誇っては光の輪を放ち出す。
クオイの森での感覚と同じ。エアルが大量に消費され、世界の均衡が崩れ始めると、一部を除いて皆が悲鳴を上げている。

勿論私も例外じゃなく、月に一度くる女性特有のあれよりももっと酷い体の重み。そこから先の苦痛、精神の揺らぎは容赦なく我が身へ降り注いでいた。
がっと傍にあった水を飲み干すと、少しだけマシになった気がする、なんてありもしない事実を頭の中ででっち上げてみる。
気分は間違いなくどん底だった。我ながらよくもまぁこんなに惨めで情けない生き方をしているもんだと自傷すれば、外でも何かガタリと動いた気配がする。

からす、なのかも知れない。そう思って止まっている馬車の中からそっと顔を出すと、ふらりとした体を支えながらもかの町へと視線を向けている彼が見えた。
ふっと嘲笑すれば、それが我が身に跳ね返ってきて苦笑する。きっと、思う事は同じな筈だ。
鴉も私も過去に死んだ大切な人。その人達と共に生を終えていればと、永遠に消す事のできない渇望に己を蝕まれている。

おかしい、私はいつから生き残った事への罪悪感を表へ出すようになったのか。ディトあたりに知られたら罵られそうで、正直とても面白くは無い。



『ファイブの為に泣いたんだって?』

『ディト』

『ふはっ、何その顔!トドメ刺したの僕だし、アンタは関係ないじゃん。何でそんな顔してんの?』

『、』

『最後、みた?あのオバさん、ぐっちょぐちょのドッロドロにしてやった!いー気味!』

『ディト!』

『、何だよ、必死になって。馬鹿なんじゃない?それとも何、自分がもっと何かしていれば〜みたいなこと考えてんの?傑作!』

『っ』

『悲劇のヒロインぶんのもその位にして楽しみなよ。どうせ皆間に合わない。』


良かったね!お優しいゼロはアンタに変わって、残りのウタヒメ様達も皆殺しにしてくれるってさ!



あははは!っと脳内に浮かび上がってくる彼の高笑いを掻き消し、そろりと隣に眠る女性を起こさない様、注意しながら外へと出る。
遠くの方からハルルの住民と思われる人間の歓声が聞こえて来て、喉の渇きがまた襲ってくる様な感覚がした。
赤い記憶。泥臭い欲は殺意を呼び、やがては狂気を生むだろう。だから必死でそれ等を一つ一つ丁寧に否定して、体を前へと進ませた。

君が狂った世界を望んでいたように、私は私の望む世界を求めているだけだ。それの、どこが悪いと。
そう何度も暗示をかけて首を振れば、ハナが齎してくる具体的な精神攻撃方法を自覚でき、多少はそれを回避する余裕も出て来た気がする。
勿論矛盾した自分への決着はまだつきそうにも無かったけれど、これ以上ハナと攻防していても無防備な心が疲弊していくだけだったから丁度いい。

緩やかに、そして確実に。厄災は間違いなく己の体内を蝕んでいた。ノイズの様に響き渡るその声。過去の出来事。急がなければ私も妹達の二の舞だ。



「無様だな。」

「、それはお互い様なんじゃない?嬢ちゃん。」

「それもそうだ」



フラフラしながらも鴉の傍へとたどり着き、紫色の袖をぐいっと引っ張ると、彼は此方へ思いっきり苦笑を溢してきた。
青く引き攣った互いの顔。力が入らなくてカクリと地面へと落ちる私の体。思わず眉間に皺を寄せれば、鴉も一緒に座り込んできて重く息を吐いた様だった。
少しでも楽になる為背を合わせ、力を抜いていけば彼の体温がその身にじわじわと染み込んでいく。

安心する、なんて。そんな事死んでも口には出してやらない。
だってそうだろ?暗闇の中、こうして苦痛の波と必死に戦っている道化達が今のハルルを見て思う事なんて、自傷と僻み、それ以外に有りはしないんだから。



「リッチは?」

「、ん〜。見回り、だ出そうよ。魔物達が騒ついてたから、大方様子見ってところじゃない?」

「ふぅん。ハルルの木の所為、かな。結界も戻ったみたいだし、騒めく奴らの気持ちも少しはわかるが。」

「おっさんや嬢ちゃんも何故かこのありさまだしねぇ。責任感の溢れる青年だこと。カレンちゃんは?」

「寝てる。起こさないようにして抜けて来た。」

「そう、そりゃよかった。心配かけなくて済むわ。」



奴も今回ばかりは相当参っている様だった。それほどハルルのイベントは、エアルを大量消費するものだったに違いない。
行けるかと問えば彼はこくりと頷き、エアルクレーネのお蔭で少しずつ楽になって来た体をゆっくりと動かしている。

世界の仕組みなんぞ理解していない今の鴉は、きっとそれが自己治癒能力であると判断している事だろう。
人間はやっぱり愚かな生き物だなと自身を含め嗤ったら、口の中で血の味がした。
無知が罪だというのなら、きっと黙っている方もそれ相応の罪があるに違いないのに、どうして世界はこうも上手く回らないんだろうか。

こきんと首を鳴らして私もゆっくり立ち上がれば、どうやら向こうの方からお人好し兄妹の片割れが帰ってきたらしい。
隣ではやはりゆらりとした動作で懐から代金を取り出し、道化の仮面をつけ直している鴉が居る。
冒険王。私達が滞在し、今から離れようとしている場所の名をぼそりと呟けば、彼等がピクリと反応を返し、此方へ視線を投げかけた気がした。



「なぁによ嬢ちゃん。いきなり物思いにふけっちゃって。」

「いや少し、な。運よく彼等に出会えて良かったと考えていただけだ。」

「、む。もう発つのか。」

「世話になったね。これ、少しだけど足しにして。カレンちゃんにもよろしく伝えておいてくれる?」

「分かった。が、いいのか?」

「起きたら悲しむって?冗談じゃない。私は彼女と馴れ合ったつもりはないぞ。」

「またまた〜、嬢ちゃんも満更じゃあ無かったくせに〜」

「うるさい沈め。」

「あいた!ぐ、相変わらず愛が痛ぃ〜、」



かの森から出た私達がハルルへは向かわず、このエフミドの丘から近い距離にいた冒険王の元で身体を休めているのには、幾つか理由がある。
事の初めは鴉が父さん達と。そして私は主人公一行組と鉢合わせたくないという、要は互いが持つ利害の一致だった。
表向きはノール港へ急ぎたいの一言だったけれど、鴉も私もそんな裏事情を含む為深くは突っ込まず。結果見事ハルルをスルー出来てしまった訳だ。

あの町ではお姫様の力が公の場で行使される、皆様ご存知映像イベントもあったのだし、その余波を近くで受けなかっただけも有り難い話だったのだが。
言わずもがな。このパーティは元々、クオイの森でそこそこ体力を削られている二人組である。
手持ちのグミも使い果たし、どこかで休息を取るべきだと悩む羽目になってしまったのはこの際必然だったとでも言っておこうか。



『ねぇ待ってください、貴女の腕!』



鴉がリッチへ金銭を渡すと同時に、ぼんやりと数時間前の事を思い返す。カレンが眠っている馬車をちらりと一瞥すれば、ほわっと何か暖かい気分に包まれた気もした。
名も聞かず、女同士だから敬称なんかつけないでと気さくに寝床を与えてくれた彼女は今、あの馬車の中で深く寝入っている事だろう。
自分の左腕に視線を落とせばクオイの森で傷をつけた箇所が綺麗な包帯で覆われていて、何だか少し、複雑な気分を増長させる。

このタイミングで、この場所で。彼等と出会えた奇跡的出来事に疑問を抱かないほど、私は世界へ気を許した覚えは無いというのに、何故。
なぜ私は自分の感情を制御できないのだろうか。



『、離してくれない?』

『怪我、してますよね。休むついでです!手当てしましょう?』

『お、おい!私は別に、』

『ふふ、さあさあ!私がやりたいだけですもの、代金はいりませんから〜♪』



それは体力を取り戻している最中、この冒険王で暫しの休息を取っていた時の事。
ゲームとは違いこの世界のグミはドーピング剤の様な物だったから、物理的な傷は魔術でも使用しない限り、治りはしない。
だからハナの進行度合いを確かめる為、クオイの森で自らつけた傷はあれからずっと放置され続けていたのが現状だった。

個人的には大した傷でもないのだし、そのうち治るだろうとは考えていたのだが。彼女、カレンはその無得着に放置していた傷を真っ先に指摘した。
言い分は毒素や菌がどうちゃら、女性の体に残る傷跡の話をくどくどと。
正直家族や幼馴染達以外に心配される事なんてあんまりなかったもんで、何だかんだ言いつつ押し切られてしまったあの時の自分へ苦笑する。

亡き母とダブってしまった所も、もしかしたら少しはあったのかも知れない。
無償の愛を受けたのは久々だともう一度馬車の方を見れば、案外鴉の言う通り、満更でも無かったのだと気が付いた。
勿論それを見ていた奴がまた此方を茶化してきたので、今度も沈めておくのは忘れない。そのまま是非朽ちてくれ、合掌。



「あ、あいが、オモ、イ、。」

「、グミを切らしていただろう?持っていくといい。」

「ううっ、助かるわ〜!ねぇ聞いて嬢ちゃん、貰った!これもおっさんと嬢ちゃんのコンビネーションが、」

「感謝する。この後はハルルやアスピオの方に向かうのか?」

「む。そうだが、何故分かった?」

「いや、当てずっぽうだ。気にしないで欲しい。」

「、む。」

「ちょっと、なんか皆スルースキル上がってきてない?おっさん悲しい。」

「じゃあ失礼するよ。行くぞ、道化。」

「え!?その道化ってまさか俺様の事ぉ!?ちょ、待ってよ!ねぇってば!」



リッチに軽く頭を下げてからエフミドの丘へと歩き出せば、後ろから鴉がぎゃんぎゃん言いながらも小走りに追いかけてくる。
暫くの間それを無視していたら、恐らく奴も体力の問題だろう。ぶすりとしながら不貞腐れ、私との会話を諦めた様だった。
こうしているとほんと子供みたいなおっさんだな、なんてふと思う。嬢ちゃんなんて知ーらない!なんて言いながら口を尖らせているその姿。よし、全力でスルーさせて頂こう。

兎に角。そんなこんなしている内に体は未だ怠いものの、丘の入口付近へは何とか到着出来た様だ。
モンスターは冒険王で休む際にホーリーボトルを定期的に使っていたので、まだ効力が持続しているらしく、寄っては来ない。
日の出前までに着けた丘。ハルル方面へ向かう冒険王に、お姫様のイベント。ことは見事に順調である。
これでレイヴンは主人公達よりも早くノール港へ辿り着けるし、世界の修正力に期待しなくても、彼は上手く立ち回ってくれる筈だ。



「。」

(そう、全てはげんさく通りに)



深呼吸してから、すこし、違和感。なんでだろう。胸の内が物凄くざわざわする。
私は何か間違っていないだろうか。いや寧ろ、何かを忘れてはいないだろうか。これは、この不安を象徴とした黒い靄は一体何だ。
馬鹿みたいにそれを何度も考えては首を捻り、また思考の渦へと潜れば更に靄が拡大した気がする。答えは勿論、出てこなかった。

得たいの知れない予感はデイドンを出た時やデュークと遭遇した時にも襲われたが、それとはもっと別の、そう。あれと決定的に違うのは危機感だった。
どうしても、どうしてもその靄の正体を突き止められず、気持ち悪くなって感情を持て余す様に振り返る。後ろにはやっぱりまだ面白くなさそうな顔をして歩いている鴉が居た。
視線が一瞬合ったらきょとりとした彼。にっこりと道化の様で仮面ではない表情の鴉。それを見たら途端に胸の内に潜む歪な靄が消え去って、同時に強い焦燥感を覚えた私。

なぁに、どーしたの?と柔らかい奴の声音へ反応する、どうしようもない自身の体に戸惑ってしまう。
忘れてはいけなかった、注意するべき靄は掻き消えた。だめ、それだけはと誰かが囁く。だからこそまた不安でふあんで堪らない。
なぜ、私は彼を見てそれが消えたのだろう。どうして私は、鴉が眩しいと感じるのだろう。



「、なんでもない。」

「変なじょーちゃん。」



深入りされるのも面倒なので、適当に切り上げてはまた歩き出す。
そう、何もなかった事にして先へ進もうとすれば、案の定目の前に先回りして来たバカはどうしてこう、なんだ。何が言いたいんだ私。
悶々としている此方を気にも留めないで、そのまま両腕を広げ、私の前に立ちふさがってくる鴉はちょっと本気で死ねばいい。

嬢ちゃん、さあ!っという馬鹿げた言葉に顔を歪めたら、道化がそのまま前進してきたので透かさず数歩後ずさりしてみた。
これがアコールなら間違いなく回し蹴りしている所である。なんだよこいつ、普通に気持ち悪い。



「、ふざけるな。何の真似だ。」

「そんな逃げなくてもいいじゃない。ほら、胸に飛び込んでおいで〜!」

「。」

「、あの、全力で嫌そうな顔しながら剣突き付けられるのは流石にちょっと、」

「バカな事するからだ。で?」

「ん?とおせんぼ。」

「違う。だからその理由を聞いてるんだ。」



体調が悪いのもあって、中々本題へ入らない鴉に舌打ちする。分かってる。鴉がこういう行動を取る時は必ず何か、意味がある。
一見すると奴の道化ぶりは確かに意味のない様にみえる、それこそ苛立つ行為が多いのだが。大抵は現状の先を見越し、先手を打つ為の動作である事を私はよく知っていた。

それはマンガやゲームから取り入れた知識だけではない。ここ数日間、何度も見ている食えない行動。
例えばさっきリッチと話していた時、態々私を煽り、道化たのは人の良い彼からグミを貰う、もしくはその話題を引っ張り出す為だ。
コンビネーション等々言っていたのも、どうせ私が知ってて鴉のそれに乗っかっていると気付いていたからに違いない。

だからこそ嫌味返しのつもりで道化呼ばわりしてやったのに、更にその返しでこんな道化ぶりを発揮されるとは正直思ってもみなかった。
ゼロの剣を地面へ刺し腕を組めば、悪戯が失敗した子供の様に鴉はまた面白くなさそうな顔を作り出す。
原作でお姫様と絡む時に行われていたその言動。凄く、イライラする。厄災を身に纏う者同士、まるで何かのフラグを立ててるみたいだからやめろバカ。








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