生と死の境界線

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カンカンカンと鐘が鳴る音で目が覚める。酷い夢を見た気がした。そう、確かあれは生まれる前の私だ。
dod3の世界で死んで、日本へ魂が戻ろうとした時の。何か強大な力が働いて、戻れなかった時の夢。
戻った所でそこにはもう居場所が無いと発覚した日、私はこの世界へ生まれ落ちていた。
絶望感が拭えなかったのは、たぶん。私という存在が既にあの世界で消えてしまったと、夢がそう囁いたからだと思う。



「、ん?嬢ちゃん起きた?おはよう。まだ寝ぼけてるとこ悪いんだけど、警鐘なったの気付いてる?」

「。」

「おーい、ダメだこりゃ。嬢ちゃん嬢ちゃん。起きてー。」



ぼんやりする。目の前の男は誰だ。レイヴン。そうだレイヴンだ。ここはTOVの世界でデイドン。そして私は昨日、この男に。

そこまで思い出した所でドドドと地響きがして、ドスンッと一瞬地面が揺れる。瞬きを何度か繰り返せば徐々に頭が覚醒してきた様だった。
すぐさまやばい、なんて察しつつ、もうお昼ですよーなんて緩く言ってくる鴉を押しのけては窓を開ける。
見えるのは眩しい日の光と、門前に佇む主人公一行組。そう。現状はどう考えてもデイドンイベントなうで、私は不覚にも寝過ごしてしまったという訳だ。

嘘だろなんて思いつつも、頭に手を当ててはため息を吐く。これじゃあ昨日、時間短縮した意味がない。
が、取りあえず体も楽になったのには間違いないし、臨機応変という事で納得しておこうと思う。
きっと色々と限界だったんだ。体力的にも、精神的にも。物事を効率よく進める為には、鴉の言う通り少し位休む必要があったという訳で。



「、」



そこではたりと思い出す。鴉。そうだ、レイヴンは今何をしているんだろうか。

ばっと振り返れば呑気な事に、奴はその場でぐっと伸びをしていた。レイヴンはあのまま、昨日のあの体制のまま、ずっと私を支えていたんだろうか。
正直理解が追いつかないとそんな表情が出てしまっていたんだろう、奴は私を見て苦笑する。
目の下の黒ずんだ色。何だっていうんだ。自分を殺そうとした女を一晩中眠らずに守っていたとでも?そんな事をして一体何の得がある。

死にたい癖に。生きていたくない癖に、何の偽善だと口に出してしまいそうだった。けれど、不思議と昨日の様には怒りが湧いてこなかったから、一応そこで留めてみる。
内心複雑に思いながらもゼロの剣を持てば、刃に映る不愉快そうな自分が見え、妙な気分に襲われた。
細工された痕跡もない。私は私で、ゼロの剣はゼロの剣のままだったからだろうか。当然その理由なんて、分かる筈もなく。

もう一度鴉を一瞥すれば、彼が道化の仮面をかぶり、またにっこりと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
ふっと頭を過るのは、私が昨日の一件でこの男に心を開いた可能性。まさか。それは天地がひっくり返ってもあり得ない。あり得ない筈だ。
その場を大袈裟に立ち、此方にへらへらと送ってくる笑いは未だ気に入らない。道化を見て、悪い方向へ心が波打つのも変わらない。
では何故。そんな疑問がぐるぐると回る。殺したいと、何故思わない。実際には殺せなくとも、殺したいという感情くらいはあってもいい筈なのに。



「、礼は言わないよ。」

「んー、?別に気にしなくていいわよそんなの。」

「、」

「なによ、おっさんの顔になんかついてる?」

「なんで寝てないの。」

「、あーらら。ばれちゃった?心配しなくても足は引っ張らないわ。おっさんこう見えても強」

「くだらない。休息の重要さを説きながら自分はしないなんて。」

「、あー。えーっと、」

「外。確認してくるから少し寝てて。何かあれば起こすから。」

「、!」



そう締めくくって戸を開けようとすれば、何か気づいた様に鴉が私を呼び止める。嬢ちゃん口調、と指摘され、私はやっと自身が発する声音の柔らかさに気がついた。
口元に手を当てながらも鴉から視線を外し、考える。酷く顔を歪めたのは、先ほど自問した答えが出たからだった。

振り返らずにもう一度、寝ていろと強めの口調で言った後。バタンと戸を閉めて歩き出せば、嬉しそうに微笑んだ彼の顔が脳内に焼き付いて離れない。
イライラ、する。私は無意識の内にレイヴンが「私へ仇なさない者」だと判断していた。
恐ろしい男。結局は全てを裏切るくせに、人の心にこうもすんなり入ってくる。それを不愉快と思わずにいられようか。

そこまで考えて、ふと立ち止まって舌打ちした。結局の所、私は今。彼に開きつつある心の変化を自身で認めてしまったのだ。
隙を見せたのも醜態を晒したのも自分なのに、それはとても、気に食わない。
ざわつく人の影に隠れながらそれを忘れるかの如く主人公探しに没頭すれば、余計意識しているみたいだと誰かがまた囁いた気がした。
煩い、うるさい。こんな時に限ってすぐ見つからない主人公達にイライラする。さっき見かけてからまだ数分しか経っていないのに、もうデイドンを出たってのかくそったれ。



「ティソン。」



苛立ちを募らせたまま、見知った顔が門前に居たので話し掛けみた。ティソンはゆっくりと此方を振り向き、私の機嫌が悪い事を知るとニヤリと一つ笑みを浮かべる。
本当に相変わらずな男だと呆れつつも、その厭味ったらしい顔がフードに隠れている事に気付き、少し目を細めてみた。そういえばこいつ、原作時に騎士団と揉めてた様な気もする。
人選ミスだろうか。いやはや、しかし残念ながらこのデイドンに知り合いはコイツくらいしかいないし。

万が一の為、一応ティソンの周りを見渡しておけば、ゲームイベント時には居た筈の魔狩りの首領が見当たらず、彼の弟子であるナンと昨日の部下共がじっと私達を見つめてる事に気が付いた。
、多少、昨日あしらった連中が複数人。キラキラした目で此方を見ている気もするんだが、なんだ、この雰囲気は。
居心地が悪いとでもいう様に眉間に皺を寄せると、その様子に気付いたティソンも同じく舌打ちしたらしい。
以心伝心、とまではいかないが、恐らく考えてる事は同じだろうと苦笑しておく。ああ、口にまで出しそうだなコイツ。此処はすかさず、



「てめぇらうぜえぞ。」

「同意しよう。あ、いや。そんな事よりティソン、犬を連れた男女の一向を見なかったかい?」

「、あ?あぁ。そういやさっき見掛けたな。ナン。」

「はい。クオイの森方面に向かって行ったとの報告があがっています。物好きな奴らですね。」

「ふぅん。やっぱもうデイドンには居ないのか。道理で見つからない訳だ。」

「奴らがどうした。」

「さてな。心配しなくても大したことじゃないさ。」

「、ふん、まぁいい。追いかけて向こう側へ回るにせよ、季節外れの魔物が外で暴れてやがる。お前も精々死なぬようにな。」



ティソンは捨て台詞の様にその言葉を吐くと、私にゆらりと近づいて来る。かと思えば、一瞬の隙をつかれて軽く口付けられてしまった。
驚いてパッと身を引くと、彼が面白そうに笑ったらしい。口元を拭いながらもギロリと睨みつければ、蛇はぺろりと自身の唇を舐めた様だった。

おいおいなんだ、嫌味かこれ。面倒事はごめんだぞなんて思いつつ、呆れながら視線を横へと逸らせば、流石に周りの部下達もどよりと騒めいているのが見える。
なるほど。一瞬一方的にくれた情報の対価かとも考えついたけれど、どうやらその線は薄いらしい。
嗤って煽ってくる奴の口元に動揺する部下。これは間違いなく私に対する安い挑発半分と、部下への揶揄いが半分と考えて良さそうだ。

取り合えずこんな茶番に付き合う義理はないのだし、終わりの合図として大げさに息をついてみた。
でも嫌味返しだったその行動の何が面白かったのか、奴はとても気を良くした様で、満足気に部下を引き連れ去っていく。
お分かりか。つまり奴は未だ動けずに固まっている、顔を真っ赤に染め上げた弟子を放置していったという訳だ。
だから当然その後の始末はこの場に残っている私がしなければならないという事で、



「、っ」



バチッっとナンと目が合ってしまえば何とも気まずい雰囲気が出来上がり、お互いの沈黙が肌を刺す。
面倒だと突き放す前に、私が彼女に同情したのは不可抗力というものだろう。
恥ずかしそうに俯き、心なしか武器を持つ手も震えているナンは、どう考えたって茶番劇の被害者だった。

可哀想に。誰だって好き好んで身内の口付けシーンなんぞ見たくはない。彼女からしてみれば、私は昨日ひと悶着を起こした女騎士なんだ。
見知らぬ騎士の女と敬愛する師との関係。まぁ、困惑するのも無理はないだろう。私だっていきなり凸凹辺りがギルドの子達とキスし出したら、顔を背けるに違いない。



「あー、ごめん。これじゃ、何のために君の意識を奪ったのか分かんないよね。」

「、えっ」

「安心してくれる?私は別にティソンを君等から奪おうとしてる訳でも、奴を利用しようとしてる訳でもないからさ。」

「、!」

「あと、昨日は手荒な真似して悪かったね。」

「、い、え。こちらこそすいませんでした。けど、あのっ」

「ん?」

「う、浮気は許しませんからね!姉様!」

「、はぁ?」



少し照れながらも此方をきっと睨みつけ、もじもじと動いていた彼女はそう、言い切った。しかもその瞬間、何故か向こうの方から魔狩りの部下共の大歓声が上がる。
やれ姉さんカッコいいだの、ティソンさんやる〜だの、ちょっと待て。ふざけてるのかあいつ等。
その中から小さくティソンの罵声も聞こえる事から、なんとあいつ、照れているらしい。あそこまでかっこつけて去った癖に、色々台無しじゃんマジ何考えてんの。

というか、もしかしなくとも姉さんと言うのは私なのか、なんて物凄いスピードで頭を回転させていると、どうやら体の方は暫く固まっていた様だ。
その間に姉様、なんて問題発言してくれたナンちゃんは自分の師が消えた方角へと去ってしまう。
おいまて。まってくれ。ぶっちゃけ全くもって思考が追いつかないんだが、この始末どうしてくれる。これではまるで、ティソンと私が恋人の様な、。

そこまで考えて、やっと奴の思惑に気が付いた。随分と回りくどい方法。「恋人」という肩書。すべてはティソンの計画通りという訳である。
っあのバカ。私が混乱するの分かっててワザとこんな方法取りやがったな。



「っ、今度会ったらまず絞める!」



遠くに見える魔狩りの連中にそう吐き捨てながらもゼロの剣を握りしめ、ギッっと睨みつけておく。
、が。とにかく人の視線が痛かったので一度小屋へ戻ろうと、肩の力を抜いてみた。

やり切れない想いにむしゃくしゃしながらも小屋の戸を開ければ、その音で眠りの浅い鴉が起き上がり、私の名を呼んだ気がする。
おかえりって。いやもうホント頼むから寝ててくれよなんて思いつつ、奴の顔色が少しマシになった事を確認すれば、ちょっと安堵した自分にまたイライラした。
荷物からグミ系統を取り出し、やけくそになりながらも適当に投げつける。思いっきし慌てた鴉なんて気にしない。ざまあみろ。早く食えばいい。私は機嫌が悪いんだ。



「ちょっとちょっと!グミ高いんだからね!もっと丁寧に扱っ」

「煩い黙れ死ね」

「機嫌わるっ!なんでそんな怒ってんのよ!さっきの優し〜嬢ちゃんはどこに、」

「くたばれ死にたがりっ」

「ぐはぁっ!やられたぜぇ〜」



適当にその場にあったクッションをも投げつければ、それを顔面で受け止めた鴉はそのまま仰向けに倒れこんだ様だ。
動かない奴を放置し、気持ちを静める為にと大きく息を吸い込んでは吐き出してみる。彼がこっそりほほ笑んでいるのには、この際見なかった振りをしてやった。

この悔しいほどに優しい馬鹿は、一体今何を考えているんだろう。八つ当たりをしてきた相手の毒抜きなんて、私だったら絶対にやらない。
そんなんだから道化を演じ続けるのが辛くなるんだと、無表情を装いながらも内心ボロクソに悪態付いておいた。
だって、そうしないとこっちが如何にかなりそうだったから。引きずられるな。奴は道化。こういう揺らぎをきっかけに人の隙をつく人間なんだ。

そして私もと、入口付近の箱へ腰かけては髪を耳へかけてみる。そのまま左耳の武醒魔導器をいじれば少し冷静になれた様な気がした。
鴉の心情なんざ関係ない。ただ私の役に立ってくれればそれで良かった筈だと思い出し、仰向けに倒れたままの彼へ外の状況を整理しながらも話してやる。
内容は季節外れの平原の主に、足止めを喰らうギルド達。非常事態の連絡を聞き、徐々に集まる騎士団、そしてクオイの森の抜け道等々を簡潔に、だ。
最後に私達も森に向かい、そのままハルル、ノール港へ行く事を付け加えれば、鴉は少し顔を顰めたものの、別に異論は無いようだった。

ふぃっと奴から視線を外し、足を組んでは外を見る。鴉がこの勝手な言い分に同意したのは多分、ただ単純に自分の利益と不利益を比較したからに過ぎない。
私の監視云々を抜くとしても、このままデイドンに居続ければ騎士団とギルドは間違いなく今以上に集結するだろう。
白鳥であり鴉でもある奴にとって、それはとても不利益な状況だったという訳だ。だから別に、それ以外何の感情もないのは知っている。
此方としても身元という手の内を暴かれる可能性は低いに越したことはないし、奴の引く一線を態々超えてやるつもりも無いのだから、尚のこと。それでいい筈だ。

、なのに。



「っというか、何でこの時期に平原の主がくるのよ。タイミング悪すぎない?」

「大方仇討ちかもしれないね。仲間か親かが人間に殺されてしまったんだろうよ。」

「うん?何その情報。魔狩り?」

「さてね。どの道復讐に燃えてる生き物は人間でも魔物でも、面倒な存在だ。避けて通るに限る。」

「、まぁいいわ、一理あるから流されてあげましょ。」

「どうも。で?君が良ければすぐにでも出発したいところなんだけど、どうなの?」

「ばっちりよ。嬢ちゃんこそティソンへ挨拶しなくていい訳?」

「、何度も言うけど、ティソンとはそう言う関係じゃない。」

「またまた〜。」



どうしてこうも、私は垣間見える奴の優しさに気付いてしまうのだろうか。







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