生と死の境界線

□Z
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「ほ、ほんとに数時間でついちまってる、。」

「なんだ。デイドンまでは飛ばすよって言ったじゃないか。」

「いやいや、馬車じゃないのよ?てっきり冗談かと、」

「細かい事は気にするな。」

「気にするわよ!そして何で意識失ってたのおっさん!」

「手刀を少々。」

「!?」

「姫抱きはしてないから安心しろ。」

「もしかして走っただけとか言わないわよね!?」



ぎゃあぎゃあと騒ぐ道化を放って置いて、現在地はデイドン砦。魔狩りの剣の一部員が滞在しているであろう場所を探索真っ最中ある。

あの後、帝都からすぐに出発した私達は道中モンスターと出会う事もなく。何とか日の出前にはこのデイドンへと到着できていた。
というのも、私があまりにノロノロと歩いていた鴉に痺れを切らし、隙をついて手刀で意識を失わせた後、全力疾走した為である。
原作通りに進むとするなら、地下通路からユーリ・ローウェルがお姫様と共に脱出する時間帯は、日の出の直後だったはず。
明るい空の下行われるデイドンでのイベントを考えれば、何としてでもどこかで時間短縮を行うべきだと判断した訳だ。

内心は下手すりゃ追いつかれてたなと冷や冷やしながらも、首から伝う汗をぬぐう。
気を失った成人男性一人分の体重を抱えながらも全力で走りきるというのは、例えホーリーボトルを使っていたとしても、やっぱり体力が続かない。
ふらりと揺れる体。睡眠不足の所為で起こる眩暈にそろそろ己の限界を悟ってしまえば、鴉の声が次第に遠くなっていく気がした。



「、!?ちょ、ふらついてるじゃない。大丈夫?」

「、眠い。」

「ほら、これ食べてしゃんとする。此処で人に会うんでしょ。」

「、」

「ここで倒れちゃ急いだ意味ないんじゃない?」

「ふん。」



鴉が出して来た赤いグミを口に運べば、懐かしい味が口に広がった。あまい。けど、甘ったるくはない。グミなんて一体いつ以来だろうか。
昔日本でよく見かけた物と違い、一種の強壮剤の様に体に適応するそのグミを飲み込むと、身心共に少し楽になったらしい。
小さく礼を述べれば、それを聞き取った彼が大袈裟ににっこり微笑んだ様だ。まぁ、その後の茶化し言葉が無ければもっと良かったのだが。

複雑な心情を抱えたままキャンプ場へと移動すると、突如陶器の割れる音が聞こえ、思わず鴉と顔を見合わせる。内部に居るのは魔狩りの剣で間違いないだろうか。
恐る恐る入口に近づく鴉と、同時に吹っ飛んでくる人の影。受け止めずに道化はその人間と共に此方へぶっ飛んできたので、すかさず蹴ってやったのはご愛嬌だ。
酷いよ嬢ちゃん!なんて聞こえた悲鳴は気にしてやらない。今のはわざと受け止めなかった道化への当てつけだった。
自分の技量を隠す為とはいえ、奴の行動には少し目に余るものがある。まぁ、それを抜きにしても随分私は人でなしになったもんだが。



「獲物を横取りされたって、馬鹿言うんじゃねぇぞ!」

「お、落ち着てください師匠!」

「っち。お前、何かそいつの手掛かりはねぇのか。」

「お、女騎士です!服装は旅人でしたが、騎士団の剣を所持していました!」

「、あ?女ぁ?じゃあなんだ。お前らは独断で作戦を実行した挙句、その女騎士に命救われて帰ってきたってのか!」

「ひぃ!すいません!!」

「情けねぇっ!ボスになんて説明する気だ馬鹿共がっ!」



中から聞こえてきた罵声で粗方人物の予測ができたのだろう、鴉が面倒そうに頬を掻く。
本当に行くの?と問われたので、無言で閉じた入口を開けてやれば、奴が後ろであんぐりと口を開けた気配がした。
どうでもいいが、身を隠すのならさっさとしろと。そう背で語りながらも奴の為、数秒間入口から動かない私はとても偉い。
これでさっきの借りは返したぞと、奴の気配が遠のいたのを確認して少しだけ笑った。

そして、今度はそのまま突然現れた私に驚く魔狩りメンバーと、瞬時に己の武器を私の首へ当ててきたティソンの弟子ににこりと微笑む。
ご機嫌いかがかな、ティソンと彼女の師の名を呼べば、その子の手がピクリと震えた様だった。

甘い。その一瞬の隙をついて、ナンと思われる少女の鳩尾に拳を入れてやれば、その場にいた全員が警戒態勢に入ったらしい。
首から離れた刃物の代わりに凄まじい殺気を全身に浴びる。これも、また酷く懐かしい感覚だ。
意識を飛ばした彼女を抱え、ティソンの方へと近づき、瞳を観察する。
大丈夫。彼はまだ、あの微量なハナに呑まれてはいない。ナンを心配し、私の行動を冷静に分析しているのが良い証拠だった。



「女騎士、ね。セナ、貴様だったか。」

「ふふ、久しぶりだね。無事女は抱けたかい?」

「、ふん。ナンの意識を奪ったのはその会話の為か。回りくどいな。」

「聞かれたら嫌だろう?年頃の可愛い弟子に男女の話は。」

「かえせ。」

「ふふ、彼女みたいな威勢のいい子は嫌いじゃない。大事にしてあげなよ。」

「言われずとも。」



姫抱きにしたナンをティソンへ渡すと、空気の読めない彼等の部下が声を上げて斬りかかってくる。
しかし私が手を下す前に、それを難なく止めたティソンは彼等に激昂した。テメェ等はすっこんでいろと、部下達が私の間合いに入るギリギリのラインで蹴とばしていく。
全員をテント内から吹っ飛ばしたところで、彼はナンを奥に寝かせ、私をその場に座らせた。不器用だなと呟けば、死ねと悪態付かれてしまう。
仕方なしに私も彼の意に従い、ゼロの剣をすぐには手が届かない、入口付近へ突き立てて置いた。これで、此方に敵意が無い事をちゃんと証明出来ただろう。

それで?という彼の目つきは真剣だった。何しに来たと改めて問うティソンに、ニンマリと笑みを渡してみる。
アコールと出会った事を話せば、突如その場を襲う沈黙と歯を軋ませる音。苦虫を食い潰したかの様に顔を歪めたティソンは、どうやら彼女に相当弄ばれたらしい。
依頼達成おめでとうと礼を込めて皮肉れば、奴はどこかで見た事のある、くしゃくしゃになった紙飛行機を私へなげ飛ばして来た。
何だと思って受け取ると、それはアコールからの連絡であり、ハナについての新たな情報が記されていて思わず口笛を吹く。



「奴がお前にと。その場で文字を書きやがった。」

「、道理で汚くて読みにくい訳だ。」

「あの時の紙だ。許せ。」

「ふぅん。時間軸から考えて、私が此処でティソンと合流する事も計算の内、か。やってくれる。」

「大方この時期のお前へと渡す為だろう。出し抜かれたな。」

「全くだ。こっちにだって話す事が出来たっていうのに、これは会いに行くしかないかな。めんどくさい。」

「、あの女、何者だ。そして貴様も。何故俺達の獲物を奪った。」

「その件に関しては必要があったからとしか言いようがないな。安心しろ、もう邪魔する予定はない。」

「答えになってねぇぞ。さっきも俺の部下を殺す気満々だっただろうが。」

「あれは向こうが仕掛けてきたからだ。正当防衛に値する。」

「っち、相変わらずじゃねぇか女騎士。」

「ふふ、君は仕事モードの方が良い男に見えるぞ魔狩りの幹部。」

「くだんねぇ。」



時間の無駄だなとフードを鬱陶しそうに外して頭を掻くティソンへ苦笑し、私はもう一度例の紙飛行機へと視線を落とす。
アコールからの新情報。それは奴が今必死に記録している、ハナが関与する世界の異変話だった。

異変地は皮肉にも「カプワノール」。原作イベント盛り沢山なラゴウの「館」であり、何がどう異変なのかは書いていない。
ただ「破壊しろ」と。私には「無理」だとそれだけが書いてある。要は何か不味いもの見つけたから、私が其処に行けと言うミッションだ。
単語単語で書かれているのは、もし他の誰かに見られても魔導器関連だと思わせる為の予防策だろう。
態々私を指定した事といい、これは未覚醒であったとしてもウタヒメに連なる事項だと考えていい筈だ。
ユーリ・ローウェルを確実に原作へと沿わせる為、どうせはノール港へ行こうとは考えていたものの、やる事が増えたなと内心ごちる。



「そういえば、」

「、?」



そんなティソンの低い声ではっと我に返った。いけないいけない。ハナの事になるとどうもそれだけに意識を集中してしまうらしい。
話題を切り替えて来たものの、それ以上一向に言葉を発しないティソンはどこか少し不機嫌そうな声音だった。
軽率な自身の行動に反省しつつ、不審に思って紙飛行機から顔を上げれば、彼の整った顔が思ったよりも近くて目を見開く。
何か言葉を発する前に口を掌で抑えられ、一瞬で組み敷かれては両腕を固定されてしまった。奴の目がギラリと光った気がしたのは、ぜひとも気のせいだと思いたい。

そのまま首筋に顔を埋められて、ぺろりと一つ猫の様に舐められる。
目を細めながらも力を籠め、奴が体重をかけてまで拘束した両手を動かすと、ティソンはやはりとでもいう様にその様子を一蹴し、同時に私の耳へ噛みついて来た。
布が擦れ合う音と、ダイレクトに伝わってくる水音。勿論口元を覆われているから息もままならない。一応拒絶は出来るものの、まるで犯されている様な気分だった。
炎が創り出す私達が重なり合う影は奥の方で気を失っているナンをも飲み込み、凄く複雑な気分を増長させてしまう。けれどそれはきっとお互い様で、緊張に似た様な空気感が私達を包み込んでいた。

肩を押してもやはり、丹念に私の耳を舐め続けている奴の行動は止まらない。荒い息が私の脳内を犯し続け、ふっと理性が飛びそうになるのを必死に耐える。
一瞬ハナかと考えついたものの、ふと目が合う奴の目は随分と理知的な様で、その男性特有の情欲を帯びた目つきに女の何かが疼いてしまった。
お互いがお互いの何かを探るような視線。重なり合う唇。滑る様に右胸へ置かれる男らしい掌。
まずい。段々行動がエスカレートしてくる奴も私も、このままだと溺れてしまいそうだ。それはとても、いただけない。



「っん、ぁ、っおい!なんの真似だ、」

「、セナ」

「っ」

「花とは何だ。」

「!」

「お前は今、力づくでこの俺から逃げ出せるだろう。この間はあの湯の所為だとみて間違いはないな?」

「、。ティソン、とりあえずこの体制を」

「言え。俺の体に何が起こっている。」




その低い声に、ぞくぞくする。ぺろりと今度は頬を舐められた後、ゆっくりと服の上から胸を揉まれて思考さえも段々鈍くなってきた。
このままだと流される所か、言ってはいけない事まで色々喋ってしまいそうだと脳内が警報を鳴らしている。
ガッと奴の手を握りその行為を遮ると、彼の瞳が少しだけ切なそうに揺らいだ気がしたが、それでも私に行為を続けるという選択肢は無かった。

ティソン、ともう一度声をかける。あくまでも奴のハナをこれ以上刺激しないように、ゆっくりと。
すると奴は自力でその誘惑に打ち勝ったらしい。もう一度噛みつくように私へ口付けた後、そっと自身の身を引いた。
胡坐を掻き、クシャリと前髪を下すように髪ごと頭を抱え、舌打ちした彼にそっと近づく。
ゆらりと揺れる瞳から垣間見える狂気の影。バカな事をしたなと呟けば、奴も今だけは素直に頷いた様だった。

ティソンはきっと尋問でもする為、態とこんな行為に至ったに違いない。
途中から本気になり掛けてたものの、正気に返ればプライドが高い彼の事だ。只今自己嫌悪の真っ最中ってところだろうか。
だから下手な慰めもいらないなと、ふっと嗤いながらもう一度馬鹿だなと罵っておいた。
こんな事をせずとも、ハナの事は初めからアコールの手紙を届け返してくれた礼に教えてやるつもりだったのに。ほんとに、バカだ。



「素直に話すとは、思わんだろう。」

「おや、何者だって方の問いに答えなかったからかい?」

「、」

「図星か。まあ、そうだな。アコールについては黙秘する。知りたいなら奴自身から聞くと良い。」

「つまりは答える気がないという事でいいな?」

「いや、こればかりは知らないだけさ。大まかに予測はできても確信じゃない。アコールが語らないなら、君が振られたって事で諦めた方が賢明だな。」

「、」

「ただ、私の協力者って事は間違いないよ。悪い奴じゃないって事だけは保証する。」

「、で。お前は。」

「私は、そうだな。まず騎士じゃない。ギルドでもない。ただ厄災に取りつかれた女さ。」

「厄災だと?」

「そう。このままだと世界を破滅に導く厄災。それが、」



ハナだ。

そこまで言えば、点と点が繋がったかの様にはっと顔を上げるティソン。まさかと紡がれる問いに、こくりと一つ頷いてやる。
白い湯はその微量なハナの成分を含んでいる事。エアルと反発している事。過度の性欲はそこから発症されており、摂取し続けていればいずれ精神を蝕む事。
とんとん拍子に伝達すれば、段々と青ざめていく彼の顔をじっと見つめる。
同情はしない。君が利便性を求めた結果だと伝えれば、ティソンは拳を地面へ叩き付け、歯を食いしばった。

沈黙の後、対処法を聞かれたので探している途中だと言っておく。
察しの良い彼は、恐らくもう私とアコールの目的に気が付いたはずだ。
そしてその助かる可能性が低いからこそ、情報を求め、世界を旅をして回る気なのだとも。







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