生と死の境界線

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「所在は分かっている。カプワ・ノールだ。」

「ノール港の執政官はラゴウ議員です。殿下は彼の敷地内に居るものと思われ、?」

「どうした。」

「いえ。何でもありません。」


失礼しましたと、そう何事も無かったかのように言葉を続ける彼女、クロームに苦笑する。
完全に気配を消していたにも関わらず、気付かれたのは彼女が始祖の隷長だからだろうか。
それともハナと対になるドラゴンだから?と一人で考えては木の葉で遊ぶ。

現在、まさかの真っ昼間から地下の抜け道を使う訳にもいかず、私は木を伝い、城内へ入れそうな窓を探していた。
探索している間に感じた独特な気配は、自分の中のハナが敏感に感じ取ったのだろう。
気が付けばそのゾクゾクとした感覚に導かれ、私は此処に立っていた。

推測ではあるが、恐らくすでに自身の魂に刻み込まれ、離れないであろうハナが私に告げてくる。
この者は危険だ、近づくなと。恐らく一種の防衛本能だろうか。竜種は私自身の天敵であると錯覚を起こしそうな位、その暗示は深く染みついている。
向こうの世界にいた時よりも強くなっている災厄との繋がりに呆れて、思わず自傷気味の笑みが出たのは不可抗力だ。


まるでゼロとミカエルの様に、その道を違えずにたどる私は道化師の様で。


実行へと移す前にふと考える。けれど鬱陶しくなってきたからやっぱり最後まで考えずに止めてみた。
木の葉に魔力を込めて今いる位置を彼女に教えると、クロームドラゴンの気配がまた少し揺らいだ気がする。
どうやら計画開始の合図はちゃんと相手に届いたようだ。



「大変です!エステリーゼ姫がお部屋から抜け出し、行方が分かりません!」

「なんだと!?」



突如の来訪者とその報告。アレクセイの部下だろうか。

ぺろりと舌なめずりして原作通りの良報に反応を示すと、ふと窓の中の彼女と目が合った。
私と同じく、アレクセイとシュヴァーンだと思われる人影がその悲報へと意識を傾けている、一瞬のみの行動。
彼女はすぐその人影達の方へと向き直ったが、どうやら背をこちらに向けない辺り、敵意は確認できずとも警戒はされているらしい。
まぁそもそもとして、実力者であるアレクセイ達に気付かれず。しかも居座っている時点で怪しいのレッテルは軽く通り越している気もするが。



「姫の安否も気になるが、まずはヨーデル殿下だ。行きたまえシュヴァーン。」

「はっ。」

「あと君は少し休息を取るように。上の空では迷惑だ。」

「、申し訳ございません。」



アレクセイの言葉に頭を垂れる二人が酷く滑稽で、内心嗤いが止まらない。
その身に宿る二人の宿命、思考、行動。さてはてその心はいかにして荒ぶるのか。

部下と共に立ち去るアレクセイとシュヴァーンを見送れば、遠慮なしにこちらを睨みつけてくる彼女。
吊り上がる瞳は澄んでいて、とても美しい。
魔力を込めた葉を風に乗せ、するりと窓の向こう側へと送り出せば、彼女はパシリとその葉を掴む。
直接響くその声に驚いた表情を浮かべては、クロームはゆっくりと念を送り返してきた。



『通信制ですか。目的は?』

『まずは鍵を開けてもらえない?話はそれから。』

『随分と回りくどい。そんな事をせずとも、貴女はこちらに来られるでしょうに。』

『嫌だな、敵意が無いっていう証だよ。それにそろそろこれの効力も切れる。何せ即席なんだ、悪いね。』

『得体の知れない輩と私が話すとでも?』

『話すさ。だって、得体が知れないんだろう?探りを入れておいた方がお得だし。』

『、』

『計画に支障が出ても困るでしょ?始祖の隷長。』



瞬間彼女が触れてもいないのに、鍵がカタリと動き窓が開いた。

ずくりとハナが疼いた気がする。きっとエアルでも操作したに違いない。
ニヤリと口を曲げつつ体をするりと部屋の中へ入り込ませれば、カツリと彼女の傍へと歩み寄り、嗤う。
そんな私に目を細めながら、彼女は先ほどと同じ力で部屋のカギを片っ端からすべて閉じた。

退路を塞いだつもりか。それとも会話を外へ洩らさない為の策か。
ヴゥンという音と共に広がった結界らしき円状のバリアに、彼女の行動はその二つ、どちらも兼ねていたのだと悟る。
お見事。そう言いながら拍手を送れば、どうやら気分を害したらしい。クロームはその美しい顔を歪め、毒々しい言葉を繋ぎ始めた。



「嫌悪感を抱きます。貴女は何者ですか。」

「おや、私は私でしかないさ。お気に召さなかったようで何より。」

「読めませんね。では聞き方を変えましょう。貴女に刻み込まれた核、それは何ですか。」

「ふぅん、いきなり本題か。まぁ好都合かな。時間もあんまり取れないし。」



もう一度彼女の持つ木の葉へハナの魔力を送れば、クロームは青ざめた顔で頭を押さえた。
そこから徐々に口元へと手を移動させ、唾を飲み込み、蹲るクロームドラゴン。
私の記憶、私の知識。これから起こるであろう世界の予想とその対処。
それらをすべて彼女の脳へと伝え終え、私は満足感と共に傍へ戻ってきた木の葉を握りつぶす。



「、なんですか、これは。」

「そのままの意味さ。」

「なんなのですか!これはっ!」



壊れたように同じ言葉を繰り返す彼女の傍へと歩み寄り、手を差し伸べれば振り払われる自身の手。
やはり早急過ぎただろうか。始祖の隷長とはいえ、原作でも心穏やかであった彼女には。

今クロームに見せたのは、本来この世界で起こる筈の原作と、狂った世界での経験だ。
ウタウタイに殺戮の世界。ハナと竜種、未知なるカミの存在やアコールまで。
私の実感が元になっている為、きっとその時の感情も少し混ざってしまったに違いない。
ぽろぽろと涙を流し、その本能と戦うクロームを見て、少しだけ罪悪感が湧いた。

彼女の食欲を刺激しないように離れて座れば、嘔吐するその姿がとても痛々しい。
やったのは自分だと思いながらも、仕方ないのだと自身に言い聞かせる。
彼女は竜種。始祖の隷長でもドラゴンだ。やはり何度考えても、私には彼女しかいない。



「食えと、いうのですね。」

「、」

「間に合わなかったその時、世界が滅ぼされるとき。ハナを、あなたを、人を食えと、。」

「やり方は任せるよ。せめてもの譲歩だ。」

「、ふふ。私は貴女が暴走した時の為の、保険という訳ですか。」

「、」

「拒否も何も、断ればそれだけで世界が滅ぶ確率が上がりますね。悔しいです。」

「分かってるなら話は早い。質問は?」

「私である理由をお聞かせください。他の始祖の隷長では不十分だと?」

「不十分というか、多分無理。エアル関連でハナを抑え込む事が出来たとしても、どうせ破壊は出来ないさ。仮説だけどね。」

「つまり不確定要素よりも始祖の隷長であり、そしてドラゴンでもある私の方が手間も省けるという理屈ですね。」



実に人間らしい、身勝手な考えです。


そう呟く彼女に気付かれない様、私はこっそりと苦笑した。そしてその笑みをすぐさま無表情へと切り替える。
どうしてもクロームと同調し、その通りだと頷いてしまう訳にはいかなかった。
頷いてしまったその時、彼女は私に協力せず、全ての人間を嫌悪したまま世界が無へと返るのだから。

クツクツと青ざめる彼女を見ながら嗤い、その感情を必死に隠せばクロームがピクリと反応した気がする。
恨むかい?と問えば少し戸惑った後、頷いた彼女を見てまた嗤った。
他の可能性。竜種でなく「始祖の隷長がハナを破壊できる」という可能性を無視し、クロームを選んだのはただ単純に時間が惜しいと思ったからだ。


ティソンと出会ったあの場所。帝都から少し離れたあの白い温泉に浸かってからというもの、私に襲った変化は多々あった。
まず手始めにハナがとても近くに感じ、その魔力を扱える様になってきたのである。
傷口から流れ込んできた白い湯は、きっと私の体内で均衡を保っていたハナとエアルの調和を乱したに違いない。

今ならウタえても可笑しくはないだろうと、そんな仮説を見出してからはより一層、前の世界を思い出して怖くなった。
アコールとの会話で希望はまだ失わないと決めたものの、その恐怖は時間と共に私の身へと降りかかってくる。
父やデコボコを思い返せば、やはり自身が助からずとも、最低限ゼロと同じ道は辿る必要があったという訳だ。



『分かりません。ま、『原作通り』クロームドラゴンはマイタケの傍にいますけど?』



アコールもバカではない。希望を探すと言いつつ、さり気なく私に保険を掛けろと言っていたのは知っていた。
しかしそれを実行に移すと決めたのは、やはりその恐怖を直に感じ取ってからだと思う。
体内のハナが脅えている。彼女という竜種に対して。そしてそれに歓喜している自分がいたのは間違いなかった。
だって、彼女は私にとって救世主だったから。彼女が私を殺すことで、私が思い描いている小さな世界は救われるのだ。

けれど、同時にそれがクロームにとってはどうでもいい世界だと、十分に理解はしていた。
彼女にとって人間は父を殺した仇であり、それでも見放さずにいるのはデュークが居るからである。
ハナの脅威を十分に理解していなければ、彼女の世界は侵されない。即ちクロームが私に協力する義理などこれっぽっちもないのだ。



「ふふ、それは結構。存分に恨むといいさ。」

「、」

「それだけの事はしているつもりだよ。課程がどうであれ、結果的に君はデュークを裏切り、私に味方をせざる負えない。」

「貴女、」



くしゃりと髪をかき上げる。
ため息交じりに息を吐き出せば、アコールが持ってきた左耳の魔導器がドクリと一つ脈打った気がした。
ゼロの剣とクロームを交互に見つめた後、その顔を見ていられなくて目を伏せる。

それでもやはり、頼み込めればと。何度考えたかは分からなかった。
上手くハナについて説明し、この計画を止めようと。彼女にデュークを裏切らせる様な真似は酷ではないかと、そう何度もなんども繰り返して。

でも出来なかった。いや、出来る筈が無かった。
フェローやベリウスを知っているからとはいえ、始祖の隷長の同情心にすべて委ねる事は博打に近く、失敗すれば後は無い。
彼等の中には人魔戦争の先陣を切った「暗きもの」や、力が無く、ジュディスただ一人を守るという決断をしたバウルだっている。
始祖の隷長の考えは多種多様。クロームがデュークを選んでしまえば、その時点で私の世界は終わりを告げるのだ。

目を開ければ言葉をなくし、此方を見続けるクロームへと追い打ちをかける。もう一度彼女の綺麗な顔が歪むと同時に、私の顔も歪になった気がした。
父やアデコールにボッコス。彼等の笑顔を守るために残された時間。手段なんてもう選んでいられないのは、分かっていた筈なのに。
どうしても歪んでしまう自身の顔を酷く憎たらしく感じるのは、私にも人の情というものが残っているからだろうか。



「原作について他言は無用。道筋が狂って星喰みを倒せなければ、それこそ世界の危機だろうからね。」

「、それは私がアレクセイの行動を知りながら、偽りの情報をデュークに流し続けろと、そう言っているのですか。」

「そう。君はただ見ているといい。デュークが原作通りに行動を起こすその様を。簡単だろう?」

「っ」



この瞬間、彼女の逃げ道を徹底的に塞ぎ、私の計画は成功した。クロームは俯き、その表情は読み取れない。
今彼女は何を想い、何を感じているだろうか。そんな事、原作でデュークを止めようとしていた彼女を思い返せば愚問でしかなかったが。

立ち上がり、そのままゆるりとドアの方へ近づけば、結界が異物を認識したのか一瞬ぶれて、また元に戻る。
どうやら開けてくれる気はないらしい。こじ開けるしかないなと思った瞬間、とんっと背中に衝撃が走った。
条件反射でゼロの剣を握り締める。



「、?」



何だと思えばクロームだった。後ろから抱き込むように手を伸ばし、私の動きを封じる彼女。
その行動が理解できなくて振りほどこうとすれば、そのままで、と小さな吐息と共に吐き出された言葉に目を見張る。

背中に感じる湿ったような質感。ああ彼女は今泣いている。
私が原因である事は間違いない筈だが、だからこそクロームの行動が理解出来ずに困惑した。
何故私は抱きしめられているのかともう一度自問すれば、彼女がぎゅっと力を強めた気がする。


クロームには、たった今。脅しを掛けたつもりだった。
tovの原作とハナの所為で狂ってしまったdod3の世界を見せ、こうなりたくなければ、大事な者の命が惜しければ協力しろと。
そう彼女の退路を塞いだ筈だ。拒否権は無い。有る筈が無い。彼女は彼女の世界を守るため、この提案を飲むしかないと見越しての行動である。

そしてクロームは、そのまま私を恨む筈だった。
私を殺す時、その憎悪に身を任せ、何の躊躇いもなく止めを刺せる様に。心の迷いを生まない様にと、そう仕向けたのは私なのだから。
予定が狂ったなと一人ごちる。どうやら彼女はそんな私の意図に気付いてしまったらしい。

恨んでくれと、切に願った。私なんぞに情を持たず、ただ時が来れば殺してくれるだけでいいと。そう懇願したい気持ちを必死に隠す。
そうしなければ、意味が無いのだ。こうして苦心を隠している事も。手荒い方法をあえて先手で取り、立ち去ろうとした事も。
巻き込んでしまった上に、唯でさえ困惑している彼女を今以上に苦しめる事なんて、出来やしないだろう?なぁ良心。


前に回ってきた腕の上に、自らの手を重ねては考える。
一体どこでバレたのだろうか。私がミスを犯したのか。それとも彼女の勘が良さ過ぎるのか。
いつもなら即座に回転する頭がもはや使い物にならないとは、我ながら呆れた話だった。
酸素が足りなくてクラクラすれば、頬から伝った涙は彼女の手にあたり、はじけて消える。

クロームはそんな私に向かってゆっくり言葉を送り出した。
弱弱しくて、凛とした先ほどの彼女からはとても想像がつかない。そんな声だ。






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