生と死の境界線

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大量の水が大きな音を立てて、下町から天へと向かう。
それがまさしく原作開始の合図だったと割り切れば、案外イライラした感情はすぐに収まった。

突如上から現れた私に驚いているハンクスさんを尻目にし、荷物を置いて三バカを探すと水道魔導器の魔核が抜かれている事に気付く。
どうやら間違いなくデデッキは原作通りに動いたようだ。しかも魔核だけを盗むという形で。

此処に来る前に宿屋へ寄ってみたものの、すでにユーリ・ローウェルは居らず。
空っぽになった部屋に焦りを覚えたのは原作と違い、幼馴染の武醒魔導器が手元にあったからだ。
父はともかく幼馴染達はすでに城、もしくは貴族街だろうか。アデコールの奴、ユーリ・ローウェルからコテンパンにされて無ければいいけど。

恐らく服が変わっている所為で話し掛け辛そうにしているハンクスさんに一礼すると、周りにいたギャラリー達の視線まで集めてしまう。
下へ置いた荷物をハンクスさんに手渡し確認させれば、やはり思った通りそのギャラリー達からも次々に驚きの声が上がった。
周りの声を静止させ、ハンクスさんは困ったように一歩前に進み出る。
、参ったな。これじゃあ私、悪者みたいだ。まぁ決して善人とは言えないけれども。



「お主、これは、。」

「心配いりません。ちゃんと交渉して譲って頂きました。後、金銭も少し入っています。」

「、」

「勿論私が魔物を倒し手に入れた、所謂綺麗なお金ですのでご安心を。リタ嬢も返す事が望みです。」

「、そのモルディオさんの事なんじゃが、。」

「?」



それはもう申し訳なさそうに説明された理由はこうだった。

直した筈の水道魔導器が再び壊れ、その原因を探る為にもう一度モルディオさんが来たとの事。
すこし様子が可笑しいと気付いていたものの、特に疑わずに頼めば案の定魔核を盗まれ、ユーリ・ローウェルがそいつを貴族街へ追いかけて行ったそうだ。
父は隊長が帰ってきただ何かの通達で城へ、凸凹は某主人公君が魔核を盗んだ犯人とものの見事に勘違いして追いかけていった様子。

バカなの?ほぼ全員バカなの?と口には出さないで顔を引きつらせると、ハンクスさんが落ち込んでしまったので慌てて顔を引き締めた。
こう言うのはフォローというものが大事なんだ、そうそう。だからとっとと収まれ腹の黒い奴。
無意識的に拳を握ったのはもうご愛嬌だと思って頂きたい。



「すまんのぅ。考えてみれば、あのモルディオさんの声は女性のモノだとは思えんかったのに。」

「、フードで顔が見えなかったんでしょう?仕方ないですよ。」

「ううむ、風邪でもひいたんかと勘違いしてしもうてなぁ。すまん。」

「い、いいえとんでもない。寧ろあなた方に危害を加えられなくて良かったですよ。」

「しかし、折角直して貰った水道魔導器がこのざまじゃ。お主にも悪い事をした。」



人が良さ過ぎるのも考えものだなと、そう感じたのはきっと私だけではない筈だ。ほんと何をしていたユーリ・ローウェル。

ため息を我慢しながら水道魔導器へ視線を向けると、そこには間違いなく火の玉で傷つけられたような、そんな焦げた跡がある。
デデッキはどうやら先に魔術で壊し、昨日リタ嬢が来た事も知らないで堂々とモルディオと名乗ったに違いない。
目ざとい某主人公はきっとその事実に気付いたはずだ。損傷の様子からして威力はあまり無い。焦げた後から刀で突きたてたような痕跡もある。

そこからデデッキの戦闘能力は低いと見て、ああうんもう。こうも奇跡的に原作へとなぞられると頭が痛くなってきた。
つまり、なんだ。ハンクスさんの人の好さと某主人公の不注意、凸凹バカの勘違いとその他は省略。
諸々が積み重なって私が介入した原作への修復は上手く成されたと。そういう事か。


くらりとする体を力で支えながら貴族街の方へ体を向けると、ハンクスさんや周りの人間に止められる。
どうやら本当に優しい人間ばかりの様だ。一向に通してくれそうにも無い人だかりに心が折れる。
心配という名の感情に敬意を払い、騎士の敬礼を真似すると複雑そうな視線を向けられた。
強引に押し通る手もあるが後々の事も考え、ここで私の身元を明らかにしておいた方が良いだろう。

先に金を改竄したのは評議会であり、彼らが第一回目の水道魔導器事件をもみ消すのは間違いないが、念には念を。
もみ消すついでに父の罪も有耶無耶にされると見越してはいるが、味方は多い方が良い。
父ではなく私が計画を考え、実行した犯人だと証明できる人間達。それが彼等下町の人間である。



「シュヴァーン隊小隊長ルブランが娘、セナはこれより貴族街へ向かいます。お通し下さい。」

「!なんと。し、しかし今しがたキュモール隊も貴族街へ向かったとか」

「そうよ!一人でなんて危険だわ。」

「元を正せば私が招いた事態。幼馴染達の勘違いも解かねばなりません。」

「幼馴染、。なるほど合点がいった。ユーリがお主を騎士団ではないと言っていたが、そういう事じゃったのか。」

「はい。あの時は訂正せず、混乱を与えてしまい申し訳ありませんでした。」

「じゃが行ってどうするつもりじゃ。お主は騎士の娘であれど、騎士ではないのじゃろう?」

「百も承知の上です。しかしそれでも騎士の父と幼馴染達を持ち、何もしない訳には参りません。」

「ならぬ。ユーリはともかく女子を危ない目に合わせるわけには、。唯でさえ金を見繕って貰ったというのに」

「ハンクスさん、お忘れですか?私には武醒魔導器もあります。」

「、」

「皆さんもお願いです。行かせてください。」



健気な女を気取り、どよりとした周囲に語り掛ければ誰かに背中をバシッと叩かれる。
振り向くとユーリ・ローウェルが拠点としている宿屋、箒星の女将さんらしき人がいた。

その女性は私の手をぎゅっと握りしめ、どうかユーリを助けてやってくれと少し震えながら言葉を紡ぐ。
まるで息子を心配する様な、そんなセリフに目が点になると、今度は左付近にいた男性からそろりとグミを渡された。
え、っと狼狽える間も無く、次の瞬間には二人をきっかけとした賛成派や納得した人間達から次々にアイテムを押し付けられる。
ライフボトルにパナシーアボトル、おい誰だアワーグラスまで渡してきたの。一体誰に使う気だったんだ。

絶句しながらハンクスさんを見れば、困った様にこちらを見、貴族街への近道を教えてくれた。
こんな原作にない道まであったのかと一人驚いていると、小さくマントを引かれた感覚がしたので下に視線を落とす。
どうやら女将さんの後ろに隠れていた男の子らしい。そういえばユーリ・ローウェルがいた宿屋には少年が出入りしていた気もする。
涙を溜めつつ、それを漏らすまいとしている男の子に対し、女将さんがテッド、と彼の名を呟いた。



「ねぇ、ユーリを助けてくれるの?」

「、さぁ。でも魔核はどうにかしに行くよ。」

「お願い!ユーリは何も悪くないんだ!助けて!」

「、」

「全部下町の為なんだ!フレンの代わりに、騎士の代わりに下町を守ってくれてっ」

「テッド、そろそろお止めなさい。」

「でも、」

「その人は、その騎士の娘さんよ。恩人の父親を悪くいうもんじゃないわ。」



母親と思われる女性に止められ、黙る男の子は俯き下唇を噛み続けている。
恩人という言葉に首を傾げれば、リタ嬢に捧げた物を持って帰ってきてくれたと言われ、何も言えなくなった。
親族の形見だと見せられた小汚い石の腕輪は、彼女にとって確かに宝物なんだろう。
どうやら私のお節介は、下町の人間に恩人という肩書を植え付けたらしい。とてもその、恐縮だ。

一気に汚く見えた自分の思考を振り払い、テッド君の頭に軽く手をのせ、そのままクシャリと撫でれば彼の顔から水が流れ落ちた。
涙。そうか、彼はユーリ・ローウェルの為に泣けるのかと思うと少し罪悪感がわく。
これが原作の流れとはいえ、今回ハンクスさんがデデッキを疑わなかった理由は一つ。リタ嬢が実際に来たからだ。
そしてリタ嬢がここへ来たのは世界の修正の為であり、やはり回りまわって私がきっかけである。

前の世界ではやれぶっ殺せ、ぶっ潰せ、焼き尽くせが普通だったのに。
やはり私はこの世界に毒されているらしい。ここはそう、なんと言うか。優しすぎるのだ。人間が。
なぜ私を責めない。何故そんな目で見る。私は、わたしは君達を利用しているに過ぎないのに。
優しい人間はいつも無知でバカだ。真相に気付きもせず、評議会と言った捻くれ者に踊らされては結局貧乏くじを引く。
そう。世界はいつも理不尽で、綺麗な人ほど騙され貶されすぐに死ぬのに。


(なら一度死んでも生き続けているわたしは、いったいなんだというの)



「お姉ちゃん?」

「約束はできない。けど、」

「?」



言葉の代わりにもう一度彼の頭を撫でると微笑む。
上手く笑えてるだろうか。嘗て日本にいたあの時の様に。

道を開けてくれていた下町の人々に一礼してから走り出せば、テッド君の声が耳を傷つける。
気を付けてだなんて、心の底から吐き気を催しそうだ。心臓が脈打ち、手が震える。
嘗てゼロの服であった生地は私の体温と共に生暖かく、彼女達の死を思い出しては苦しくなった。

下町を出て路地に逃げ込めば、溢れ出す涙が止まらない。
幼馴染の武醒魔導器を引っ掴んで腕を上げたところで、奴らが昔の私へ向けた屈託のない笑顔を思い出し、留まった。
そのまま壁へ頭をぶつければ、反動で雫が数滴地面に落ちる。
何を、今更。死んだんだ。ゼロは。ワンは。残りの姉妹達も、ドラゴンも。目の前で。

私はもう一度生きると誓った筈だ。



「なのになんで、くそ、優しさが世界を救うはずないっ」



そうだ所詮、世界が違うのだから。

厄災である筈のお姫様が救われる事、星喰みを誰一人仲間が欠ける事なく倒す事。ご都合主義な展開はユーリ・ローウェルが核成す物語。
分かっていた筈だ。理解している筈だ。でも心が追いつかない。何故こうも苛立つのか、そんなの分かりきっている。

結局の所羨ましくてずるい、そう、ただの嫉妬だった。
綺麗でありたいと願い続け、それでも汚く生きていた自分を殺したくて仕方ない。それしか方法が無かったけれど、だからこそ悔しくて堪らない。
殺戮を繰り返し手に入れた平和も長くは続かず、少しづつ狂っていく前の世界はとても理不尽で。そんな中生きていた私にとって、この世界はただ残酷過ぎた。



「ユーリ・ローウェルを助けろだなんて、そんな事、わたしには、!」



力を籠めればバキリと煉瓦の壁が悲鳴を上げた。

流せばいい。そう唯いつも通り流せばいい言葉がぐるぐると頭を支配し続ける。
下町の人、テッド君の言葉と涙。表情。想い。どれをとっても頭が痛い。
見続けろというのか。ずっと隣で、彼らの生き様を、行動を。厄災から救われるその世界を。ああそれは、何たる拷問か。


アスピオの通行証も、ハナの存在も。全ては私が原作を辿る、もしくはその近くを徘徊させる為の伏線でしかないのは気付いていた。
私が水道魔導器を壊した時点で世界は介入したイレギュラーを認識し、修正を行った際に私を「原作を動かす人物」としてそこに組み込んだのだ。
つまり私が居なければ最早、この世界にハッピーエンドはやって来ない。

原作との相違点として、ユーリ・ローウェルはもうデデッキが偽モルディオだと気付いており、本物のリタ嬢が居るアスピオへ行くのは後回しにする筈だ。
世界がまた修正を行えば良いが、その可能性に頼り過ぎるのは危険すぎる。修正を行うこと自体、言い換えれば奇跡に近い出来事だ。

奇跡が起こらない場合、もしもの可能性として彼等がリタ嬢に会わなければ、と考えて引き攣る顔を何とか保つと嗤えてきた。
彼女に会わなければお姫様どころか精霊化すら危うく、世界は終わる。仮にリタ嬢が別の働きかけで仲間になったとしても、やはりハナが世界を食い潰す。
マナがエアルと同等の効力を持つとは限らないし、勿論エアルが大量に消費されればハナは容赦なく表の世界に現れるのだから、悲惨な未来は確定だ。

今、現状として世界に潜むハナの存在を知るのは私やアコールのみ。
始祖の隷長が感知しているかは不明であり、それを知る術もやはり私が此処を離れなければという結論に至る。
ああこの事実を、もう。嗤わずにいられようか。
私が何らかの行動を起こさねば間違いなく、この優しい世界はあの狂った世界の二の舞になるのだから。


揺れ動く思考を止め、ふらりふらりと前進し続けるとやっと貴族街へたどり着く。
キュモール隊に罵声を受けている幼馴染達を見つつ、ユーリ・ローウェルが城へと連行されていくのを黙って見送れば、少しだけ心が震えた気がした。
ボッコスはともかく、アデコールの傷が深い。片割れがグミをアデコールの口に無理やり入れるのを確認してから、私はそっとその場に蹲った。



「無茶をするのだ!武醒魔導器も無いのに!」

「しかし、我輩だけ後ろに居る訳にはいかないのであ〜る。」

「何を言うか!、ユーリ・ローウェルを魔核泥棒と勘違いしたのは私なのだ。騎士の名誉にかけ、責任を」

「バカを言うな、であ〜る。我々が着いた時、すでにユーリ・ローウェルは不法侵入という罪を犯していたのだ。仕方あるまい。」

「ぐぬ、しかしだな」

「私も騎士の名誉を守りたかったのであ〜る。そして上司は我輩なのである。」

「なんとっ!上司は私だと何回言ったら!」

「ふふん、セナも我輩の方が体力あると申しておった!」

「そ、それでも今は私の方が強いぞ!そうれ!」

「ひ、卑怯である!技は無しなのであ〜る!!」




ああばかだなぁ。くそ。

ぎゃいぎゃいと騒ぐ声は暖かく、此処まで届いてきて胸を締め付けた。
向こうからは見えない位置で、こんな事をしている自分がとても情けなくなる。
頭を抱え、涙を拭くと隣から犬のうねり声がしたのでまた嗤った。
そういえば、頭の賢い彼はこの時ユーリ・ローウェルと別行動を取っていた筈だ。

警戒心は前会った時と変わらず、それでもどこか様子の可笑しい私を困惑した表情で彼は見つめてくる。
居た堪れなくなって視線を逸らすと、隣に一定の距離を開けて座られた。
唇を噛みしめると血が滲み、口元を伝う。その臭いを嗅ぎつけたのか、ラピードが長い自身の尻尾で私の背中をとんっと押した。






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