生と死の境界線

□V
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パシャリと湯を掛けると、体の芯まで温まる様な気がした。


帝都から幾分か離れたこの場所で、温泉を見つけたのは数分前。ゲームで全く出てこなかったこの空間に驚いた記憶はまだ新しい。
血に濡れた体を洗うには持って来いだったから、不思議と魔物の気配がないこの場所で暫し休息を取る事にした。
時間が経つにつれ、日は徐々にその顔を出しつつある。だがとりあえず此処までくれば下町にはすぐ到着できるから、急ぐこともないだろう。

白く濁った湯は美肌効果でもあるのか、先ほどとは違いすべすべになった自分の体に苦笑した。
潜って頭をガシガシと洗うと、少し浄化された気もする。
ぷはぁと勢いよく水面へと顔を出せば、赤が大量の白にのまれて跡形もなく消えたようだ。

まるでゼロに包まれてるみたい、だなんて。気色悪い比喩を考えた自分に嫌気がさす。
さてはて、後は服をどうするか。迷うところだな。



「、あ?女?」

「!」



仮にもギガントモンスターと戦い、疲れていたせいか油断した。
気配無く現れたフードを深くかぶった男は誰だったか。古い記憶を呼び起こせば敵側の主要キャラ、?だった気もする。
魔狩りの剣の幹部だと思いだした時にはすでに遅し。唯一の武器である剣が奴の手中にあり舌打ちした。

そういえばすっかり忘れていたが、原作時、デイドンに居た様な気もする。なら此処に居てもなんら不思議ではないのは確か。
いやだがしかしなんというエンカウント率だ。ふざけるな。私には休む暇もないってか。
幾ら原作へのカウントダウンが始まったからとはいっても、これではこちらの身が持ちそうもない。



「騎士団の剣、ねぇ。女騎士がなんで此処に居やがる。」

「そのままそっくり返そうか。なんでギルドが帝都の近くにいるのかな?」

「ふん、俺は俺様専用の湯に来ただけだ。どけ女ぁ。」

「へぇ、専用。それは初耳だ。看板でも立てて置いたらどうだい?」

「、てめぇ。いい度胸じゃねぇか」



乱暴な言葉使いに横暴な態度。彼はまさしく魔狩りの剣の幹部、ティソンである。
首領や弟子、部下の気配が無いところをみるとプライベートだろうか。それかデイドンで合流でもするつもりかね。

騎士だと勘違いされた挙句に、騎士団とギルドは犬猿の中。
辛うじて幼馴染から借りた武醒魔導器は首元からぶら下がっているものの、言葉の通り私は何も身に纏っていない。
彼の武器は毒爪だっただろうか。素早く動く彼の戦闘スタイルはどう考えても厄介だった。
一瞬で背後に回れば手刀でも出来そうものだが、湯の音がそれを邪魔する。荷物も向こう側に有るのだし、ああ面倒な事この上ない。


軽く状況を整理しつつ睨み合っていると、ふと血の臭いが鼻を刺激した。
確かに目の前の男からするその臭いは、きっとまだ新しいものだ。
視線を逸らし自身の体を見て確証を得ると、急に馬鹿馬鹿しくなってきて奴に背を向ける。

なるほど。間違いなくさっき戦った時にできた傷が治っている。
ハナの再生力が遂に出たかとか思ってたけど、どうやらこの湯の仕業らしい。



「おい貴様、敵に背を向けるとは何事だ。」

「残念。怪我人は敵に入らないもんでね。」

「、なに?」

「いいから入れば?癒しに来たんでしょ、その傷。」



そう挑発した瞬間、毒爪が私の首の真横で止まった。あと一ミリでもずれたら喉を掻っ切られそうだ。


どす黒い殺気が私を包み、必然的に近くなった奴の顔をちらりと見ると、フードで隠れたその素顔が少しばかり青みがかっている。
動くな、と耳元で奴の声が聞こえた。呆れて半眼になりながら黙っていると、舌打ちがダイレクトに聞こえる。

動じない私に痺れを切らしたのか、奴の毒爪が私の首から下へと移動し、武醒魔導器を取られた。
器用に爪で鎖を引っかけ、私の持ち物が存在する方へ剣と共に投げる捨てると、奴が徐に服を脱ぐ気配がする。
思わずその行動に絶句して振り返れば、丁度奴のブツが見え慌てて視線を逸らした。
まて、まてまて。流石にそこまでの純情を持ち合わせているつもりはないが、これは一体どういう事だ。

ざぱんっと豪快に湯へと足を踏み入れ、あろうことか私の隣に座った奴の行動に少し頭痛がする。
半開きになった口をそのままにしつつ顔を向けると、にぃっと意地悪く嗤われた。なんだこいつ死ねばいいのに。



「あ?言われた通りにしただけだが。何だぁその締まりのない顔は。」

「、ギルドと馴れ合いごっこするとは思わなかったものでね。」

「はっ、安い挑発に乗るとでも思ったか。」

「潔くお仲間の元へ帰れば良かったものを。」

「それがお前の狙いなんだろが。見え見えなんだよ。」

「はは、その傷治りきる前に抉ってやろうか。」

「いいぜ、その前に犯される覚悟できてんならな。」



一度は収まった殺気が再び辺りを包むと、奴は突如それを仕舞い、何が面白かったのかゲラゲラと笑いだす。
それが無性に気に食わなくて、顔を顰めながら距離を置こうとすると急に肩を掴まれ引き寄せられた。
そこからぺろりと何かが耳の裏を這う感触。こいつ、舐めやがったな!

フードがない奴の顔を思い切り睨みつけると、顎を掴まれ固定される。
恐らく腹にある奴の傷へと手を伸ばせば、予想されていたのか呆気なく両手を封じられた。
片手だけで制されたその事実に目を見開く。どういう事だ。腕力が落ちているだと?

少し怯んだ末、瞬時に理解した身の危険性を全力で殺気へと転化する。
ビクリと肩を揺らした奴が面白そうに口元を歪めた気がした。舐め回すような、その視線が酷く気に食わない。



「すげえ殺気だ。首領やでけえ魔物と鉢合った瞬間に似てる。オマエ、相当な実力者だな?」

「震えているくせによく言う。離せ。」

「この状況じゃなきゃそうしてたな。だが武醒魔導器がなきゃお前は只の女だ。」

「何が言いたい。」

「分かんねぇ筈ねぇよなぁ。こんな極上な女の前で、男がする事は一つだろ?」

「っ」



かぷんと肩を甘噛みし、そのまま首筋に舌を這わせた奴はマゾッ気でもあるのだろうか。
私を恐ろしいと感じている癖に、まるで猫の様にじゃれてくる。お前は蛇だと思ってたんだがな。

そのまま口にまで近づいてくる気配がしたので流石に抵抗させて頂くと、奴が機嫌を損ねたかの様に拘束する手の力を強めたようだ。
きっと一言文句でも言いたかったのだろう、奴の意識が私へと向いた瞬間、近かった奴の肩に思い切り歯を立ててやる。
声を上げて痛がる奴の顔へ唾を吐き、一言。ざまあ。
私に手を出したかったらまず一回人外になってこい。



「ってめ、」

「喜べ、血も滴るいい男だぞ。食い千切られなかっただけでも感謝しな。」

「図に乗るなよくそがっ!」

「、っんぅ」



噛みつく様な口付けを喰らい、こりゃ猫でなく虎だななんてふと思った。
口の内部が荒らされ脳がぼうっとするのを必死に耐える。久しぶりの感覚に震えが止まらないのはもう不可抗力だ。

顎を固定されていた手が後ろに回り、背筋をゆっくりなぞられると思わず甲高い声が出て死にたくなる。
びくびくと小刻みに体が跳ねた瞬間、そんな私を見て奴は満足気に唇を放した。
にやにやと嗤うその顔をとても捻り潰したいと思う。盛ってんじゃねぇぞ○▽*◆□野郎!!


「っは、っ」

「いーい反応だ。が、これ以上やるとのぼせちまうな。」

「くそ、、がっ!」

「おっと。」


ティソンはぺろりと舌を出しながら、私の蹴りをまた片腕で止めた。
息を整え、そもそも何故こんな状況になったのか必死で考える。
私が暴れた所為で大きく波を立てた白い湯を見、目を細めると奴がまたクツクツと笑いだした。

捕まれた足をそのまま上へあげられ、唇を落とされる。
その行動が嫌に昔の仲間と被ってだんだんとウザくなってきた。
マゾッ気なところといい、変に周りくどい刺激を与えてくるところといい、お前はデカートなのか?おい変態。


「、この湯、アンタ専用って言ってたけど。何な訳っ?」

「んあ?何だ、知らねぇで入ってたのかよ。」

「偶々見つけたもんで、おいこら、舐めてんじゃねぇぞ。そこ膝だ、っぅ。」

「の割にはしっかり開拓されてんじゃねぇか。内股もほれ。」

「ひ、あ、ぁぅ、うるさい!私は処女だ!」

「嘘付けてめぇ!こんなに慣れてる処女がいて堪るか!!」

「話を逸らすなこの屑!」

「逸らしたのはお前だろこのクソアマ!」



ぎゃあぎゃあと一向に進まない会話にムードも色気も飛んでいくと、奴は少し疲れた表情をして私の拘束を外す。
萎えた、なんてぽそりと呟く奴の腹を思いっきり殴ってやったら声は挙げなかったものの、奴の顔が思いっきり引き攣った。
ああ怪我してたんだっけ?知ってたけどね。そのままくたばる前にぜひさっきの質問に答えて欲しいものだ。

ざばりと湯から上がると、白い滴が身体からぽたぽたと落ちて少し肌寒い。
恐らくティソンが持って来ていたであろうタオルをかっぱらうと、奴から呆れた視線を喰らった。


「女ぁ、その様子じゃ服ねぇんだろ。」

「五月蠅い。」

「ったく。またその血だらけの服着るくらいなら、その鞄中見てみろ。」

「、?」

「服が入ってる。」


いやに親切なティソンを不審に思いながら、そばにあった恐らく奴が持ってきたであろう鞄を探る。
見つけた黒く露出度の高いその服に、出そうになった声を必死で止めた。
懐かしい想い、懐かしい思い出。溢れかえりそうで目が霞む。

それはゼロと同じデザインをした、あの世界で着ていた服だった。
dod3の世界に来たばかりの頃、服が無かった私に不器用ながら自分の服を黒く染め、分け与えてくれたゼロ。
好意は嬉しく受け取ったものの、ゼロとは違う体系に頭を悩ませ、そう、そういえばあの時ミカエルが気を利かせて服屋まで運んでくれたんだっけ。

どうして此処にあるのか、そもそも何でティソンが持っているのかとか色々な疑問点が浮き上がる。
ゆっくりと奴の方をみると、ティソンはなんともまあ罰の悪そうな顔をしながら視線を逸らし、後ろを向いた。
顔を顰めながら奴を観察していると、突然イライラしたように頭をガシガシと掻き始めるティソン。
複雑な心情が身体を蝕み、思い出ともいえる服をぎゅっと握りこんだ。


「っあ〜、なんだ。前に依頼主に押し付けられた奴だ。良かったら使え。」

「何故」

「この湯はな、エアルの成分を強く含んでやがるんだ。溶け込んだエアルは人の体に活性化を促す。」

「傷が治るのもその所為と?」

「そういう事だ。ま、活性化すんのは何も細胞だけじゃねぇがな。それはその詫びだ。」

「、まさか盛ったのは性欲が活性化したとでも言うんじゃないだろな。」

「うるせぇな。夜明けを態々選んで一人来たってのに人が、しかも女が居るだなんて想像しねぇだろうが。」

「痛みで我にかえって謝罪なんて、ギルドらしくないじゃないか。え?」

「っち。悪ふざ気が過ぎたな。誰が好き好んで騎士団の女なんざ、」



瞬間ドォン!とそばにあった大岩を砕くと、奴が初見よりも真っ青な顔を作ってこちらを振り向いた。
やはりと思いながらも服をサッと着る。コキンと指を鳴らせば固まっている奴が見えた。

父の剣を持ち幼馴染の武醒魔導器を首へとかけ、マントを羽織るとやはり随分懐かしい感覚がする。
その服はセナの体であっても、不思議と日本人体質を持つこの体によく馴染んでいた。
この服はやはり前の世界で使っていた物と同じであると確信。そして唯一ジャンル違いの世界でも渡れそうな存在を思い出して思いっきり舌打ちした。







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